dear dear

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 先日クレスツェンツに向けた冷たい視線など嘘のように、彼はきゃあきゃあとはしゃぐ少女を優しい眼差しで見ていた。彼女の話に熱心に相槌も打ち、笑顔で答えもする。別人ではないかと一瞬疑う。
 しかしその癖のないきれいな黒髪も、印象的な深い緑の瞳も、間違いなくアヒム・グラウンのもの。
 また施療院へ来ているなんて。
 思いもよらない二度目の再会にクレスツェンツは驚いた。
 あたりを見回してみるが彼の仲間と思しき少年たちはいない。一人で来たのだろうか。
 そして驚くと同時に、なんだか腹の底がもやもやしてくる。
 アヒムは当たり前のように患者の傍に腰掛け、その娘とも親しげに話している。
 それはつい先日までクレスツェンツがやっていたことだ。まるで自分の役目――居場所を取られたような心地がした。
「あっ、姫さまだわ!」
 立ちすくんだまま彼を睨みつけていると、アヒムの隣に座っていた少女はあっという間にクレスツェンツの視線に気がついた。
 少女の隣でアヒムも顔を上げる。それまで朗らかだった表情が瞬時に引き攣れたのは見間違いではないと思う。
「姫さま、どうしたの? エルナが死んじゃって、ずっとおうちで泣いてたの?」
「こんにちは、ハンナ。うん、ちょっと泣いていた。でももう大丈夫。またここでお仕事をさせてもらうよ。お母様の分だ、運んでくれるか?」
「うん!」
 いつもよりぎこちない姫君の笑みには気がつかず、少女はスープの器を受け取ると嬉しそうにクレスツェンツの傍を離れた。母親に食事を手渡し、「施療院のご飯はとても美味しいのよ!」と言って自慢げにアヒムを見上げている。
 そう、と相槌を打つ彼の様子も明らかにぎこちなくなった。
 向こうもクレスツェンツのことを覚えている。これは確実だな。
 このまま彼から逃げるのも悔しい。そして、これはクレスツェンツが遊んでいるわけではないと彼に教えてやるよい機会だ。
 むっと唇を引き結んで気合いを入れ、彼女はアヒムの傍までワゴンを転がして行った。
「今日も一人なのか」
 いつになく威圧的なクレスツェンツの声色に、患者の女も、ハンナも、少なからず驚いているのが視界の隅に見える。

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