dear dear

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 季節の変わり目には必ず雨が降る。
 すぐに本格的な暑さがやってこようというこの時期、クレスツェンツはそれが嫌だった。
 なんといっても足許が悪くなる。ドレスの裾を濡らそうものなら年配の侍女が口うるさい。
 それともうひとつ。雨の日は湿気で髪が膨らむのだ。ただでさえ収まりがよくないくるくるした髪なので、雨など降れば凝った髪型に編むのは大変だ。
 侍女が背後で四苦八苦しているばかりで一向に髪がまとまらないので、仕方なく高いところでひとつにまとめることが多いのだが、そうして後ろに垂らした髪もふかふかと膨らむ。実に憎らしい、湿気。
 三日ぶりに施療院を訪れたのは、そんな雨の日だった。しとしとと窓を撫でる雨滴に肌寒ささえ感じる。
 クレスツェンツが到着したのは午を少し過ぎた頃で、初夏とはいえ涼しくなったこの日は患者たちに温かいスープが配られていた。
「おやおや、よいところにいらっしゃいましたね。姫さまも召し上がりますか?」
「ふふ、美味しそうだ。でもわたくしは仕事を手伝いに来たのです。皆に配り終わっても余っていたらいただこうかな」
 オーラフと合流したクレスツェンツは、早速厨房から食事を載せたワゴンをさらってくる。
 クレスツェンツが患者の世話を手伝ってもいいことになっているのは、感染しない病を抱えた患者、病ではなく怪我の治療のために療養している患者を集めた大部屋のみだ。
 その大部屋にワゴンを転がしながら入った彼女は唐突に足を止めた。
 入り口に一番近い寝台には、十日前から年若い女が療養している。仕事中に脚を折ってしまった患者である。
 そして彼女の足許には幼い娘がいつもまとわりついていた。家が近いので、少女は母親を見舞うために毎日施療院を訪れているのだった。
 少女は常のように母親の寝台に腰掛けていた。脚をぶらぶらと揺らしながら、今日はひどく上機嫌だ。
 彼女の明るい眼差しは、母親と隣に座った少年の顔を行ったり来たり。
 クレスツェンツはその少年の顔を見るなり息を呑んだ。
 彼だ。
 少女の隣に座っているのは、アヒム。

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