dear dear

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 私の血を飲んで、なんとしても生き延びて欲しい。ユニカにそう懇願され、クレスツェンツは思ったのだった。
 それがユニカの願い。彼女が心と身体の痛みを引き換えにしても叶えたかったのは、クレスツェンツの命がながらえること。
 どうして否定する必要があったのだろう。ともに受け入れてあげればよかった。もっと早くに。彼女と夫の約束も含めて。
 けれど気づくには遅かった。クレスツェンツの命運がこの先へ延びることはなかったから。
 もうしてやれることは何もない。
 むしろ悲しませてしまう。寂しい思いをさせることになる。
 仲間たちに、ユニカを後継者にしたいという思いは伝えてある。けれどユニカの心が開くまでの時間をともに待ってやることが出来なかった。扉を開いて城の外へ出れば、お前は独りではないのよと、伝えきれなかった。
 それでもおいて逝かねばならない。
 クレスツェンツは涙を堪えて、ユニカの頬に口づける。
 やはりなんの感触もなかった。それだけ、クレスツェンツがこの世から遠いところへ行こうとしているのだろう。


 クレスツェンツはもう一度東の宮を訪れ、作文の授業を受けている息子の様子をアヒムとふたりで眺めた。
「大きくなられましたね。生まれたばかりの王子さまを抱かせていただいたのを覚えています」
「ふふ。おかげで勉強が好きな子になったよ。よく考え、よく話すと教師たちが言っている。賢い王になってくれればよいが……。陛下の跡目を継ぐのは、きっと大変だ」
「そうですね」
 王子は文法の教科書と辞書を睨みながら、真剣にペンを動かしている。
 彼は母を喜ばせる方法を知っている。好きな色の花や、音楽を贈ることを。そして己が良い王になるよう努力することを。

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