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こんな気持ちになるのは初めてだった。
泣きたいことも、怒りが収まらないことも数多く経験してきたが、希望を失ったことはなかった。
いつでも自分が働いた分だけ人が動き、可能性が生まれ、少しずつでも前に進んでは目標を拾いあげることが出来ていた。
しかし、クレスツェンツにはもう足掻くことすら出来ない。
骸骨のように痩せ細った身体、瑞々しさを失った肌。どんなに醜い姿をさらしても、一日でも長く生きていたいと思っていたのに、そんな望みにはもう何の意味も無いと気づいてしまう。
見守らねばならない人がいるのに。
戻らねばならない場所があるのに。
たどり着きたい未来があるのに。
それなのに。
クレスツェンツは彼女から力と未来を奪う病を恨んだ。そして目前に迫った死を恐いと思った。
すると、病に罹る前のように、しなやかでふっくらしていたクレスツェンツの手指がしぼむように痩せ細っていった。足や首筋、頬からも削げ落ちるように肉が消えていく。
同時に息が苦しくなる。口の中がからからに乾く。腕が棒きれのように痩せていったのに、身体がずんと重くなる。
いよいよ死ぬのだろうか。心と身体が再び重なり、同時に死を迎えようとしているのだろうか。
今まさに消えていこうとしたクレスツェンツの耳に、コツンと、静かに床を打つ足音が届いた。
また誰かが祈りに来たのだろうか。
ぎゅっとつむっていた目を恐る恐る開くと、祭壇を背にしてクレスツェンツの前に立つ脚がひと組、見える。僧侶の黒い法衣の裾が微かに揺れていた。
そしてその僧侶は、おもむろにしゃがみこんで彼女に向け手を差し出した。
クレスツェンツは弾かれたように顔を上げる。僧侶には、彼女の姿が見えているのだ。
そんな気がした。いや、ほとんど確信だった。
目の前にあったのは、懐かしい穏やかな笑み。
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