5
母がそこにいるとは知らないクヴェンは、お茶を少し啜ってから嬉々として椅子を飛び降り、侍従を急かしながら部屋を出て行く。
小さくて、すぐに大きくなるであろうその背中を見送りながら、クレスツェンツは涙を一筋流した。
息子の弾く『テルテスの夕べ』を聴いてあげることは出来るだろうか。
己に問うてみて、彼女は重苦しく溜め息をつく。
母を喜ばせるために、また母の快癒を願い、あんなに一生懸命練習してくれているのに。
また起き上がって、彼を抱きしめることは出来ないだろう。
クヴェンが得意げにクラヴィアを弾く姿を見たい。成長していく姿を見たい。妃を迎え、偉大な父の後を継ぎ、立派に国を治め民を愛する彼の姿を見たい。
それなのに、おいて逝かなくてはならないのか。
悲しくて、無念で堪らなかった。
- 119 -