dear dear

3

 気になったクレスツェンツは、立ち止まって少し離れた場所から彼女たちの様子を眺める。
 医女を呼び止めたのは、息子クヴェンの侍女、イシュテン伯爵家のティアナだ。
「王妃さまのお加減はいかがですか?」
 花籠を持った彼女は声をひそめて医女に尋ねた。
「今朝もお目覚めになるご様子がありません。それは、王子さまからのお見舞いのお花でしょうか?」
「はい。クヴェン殿下が今朝、温室から摘んでいらっしゃいましたの」
 ティアナが大切に抱いている花籠には、小さな薔薇がたくさん詰められていた。クレスツェンツが好きな、白や黄色の淡い色の花ばかりだ。
 クレスツェンツは胸にこみ上げてくる、焦りとも悲しみともつかない感情に目を見開いた。
「御覧いただけるとよいのですが」
 ティアナは何かを堪えるように眉根を寄せ、医女は力なくうなだれる。
「もう、息をしていらっしゃるのもやっとのように思えます。それでもまだ起き上がろうとなさっている気がして、見ているこちらが辛くなりますわ……」
「何をおっしゃっているのですか。王妃さまならきっとお元気になられます。お世話をするカーヤ様がそのような弱音を吐かれてはいけません」
「ええ、ええ、そうですね」
 ティアナがうんと年上の医女を叱る声を背中で聞きながら、クレスツェンツは次の目的地を決め、歩き出す。

* * *

 唯一の息子、クヴェンは、今年で十になる。五つになった年には東の宮で暮らすことを父王に命じられ、やがて王太子に指名される王子として、一人で東の宮に生活していた。
 ともに暮らすことは出来なかったが、クレスツェンツは仕事の合間を縫い、時間を作っては息子のもとを訪ね、クラヴィアのレッスンをしたり彼を外へ連れ出して一緒に遊んだり、図書館で彼の教養のもととなる本を読んであげたりした。
 しかしクヴェンはクレスツェンツの息子であって、クレスツェンツの息子ではない。

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