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最初に血を吐いて倒れたのは二年前。
それからじきに体調は回復したかに思えたが、クレスツェンツはその後も繰り返す胃の潰瘍(かいよう)と貧血に悩まされ続けた。それらの症状の原因は結局分からないまま、このごろは身体中の激しい痛みを紛らわせる薬ばかりを医官たちに処方させていた。
あとは力尽きるまで立っているだけ。
いつそう思ったのかは覚えていない。
「生きながらえてくれ」と懇願するユニカの血を飲んでからだろうか。
万病を癒やすといわれていたあの娘の血は、どうしてかクレスツェンツを癒やさなかった。
それじゃあ仕方がない。クレスツェンツに出来ることはすべてやった。
少しでも長く、夫の、そして仲間の傍で彼らを支え続けるだけだ。
* * *
夫と話がしたい。そう思ったクレスツェンツは彼のあとを追うことにした。否、あとを追おうと思った瞬間、彼女は廊下に立っていた。
侍従長と騎士を引き連れ、夫が薄暗い廊下を歩いていく。クレスツェンツはしばらくそのあとをついて行ったが、やがて彼が執務室に入るところを見届けると、一緒に部屋へは入らずに扉の前で立ち尽くした。
(お忙しいかな)
まだ朝も早い時間。これから王は一日の予定を確認し、十時からは諸大臣や高級官僚を集めての朝議がある。
(あとにしよう。まあ、わたくしの声は聞こえていらっしゃらないようだけど……)
クレスツェンツはその場を離れ、しばらくドンジョンの中をさまよった。
身体がこんなに軽いのは久しぶりだ。少々軽すぎる気もする。心なしかふよふよと浮いているようだ。行き先が思いつかないせいだろうか。
結局来た道を戻っていたクレスツェンツは、途中で、さっき身体を拭いてくれた医女とすれ違った。彼女は向かいから歩いてきた侍女に呼び止められ、悲しげにくもった顔を上げた。
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