dear dear

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 昼。薬を飲み終えた彼女のもとに、夫と息子がやって来た。
 王族は、ひとりが病に罹ればそれぞれ隔離される。病の伝染を防ぐためだ。
 ただひとりの王子である息子も、クレスツェンツの病が感染症ではないと分かるまで部屋を出ないように命じられただろう。幸いにもその命令は一日で解かれたが、彼も母の不例を知るところとなった。
 寝台の上で枕に背を預け待ち構えていた母の姿を見たとたん、まだ八つの王子はぐしゃりと顔を歪めた。しかし父王の手前、泣き出すまいと唇を噛んで懸命に涙を堪えている。
 深く、深く溜息をつき、クレスツェンツは心底自分に呆れた。
 馬鹿で無意味な意地を張ったものだ。まだ幼い我が子にこんな顔をさせるなんて。
「怖い思いをさせてしまったね、クヴェン。こっちへおいで」
 王子はぴくりと震えただけで、すぐには動かなかった。恐る恐る背後の父王の表情を確かめる。
 許しを請う言葉も出てこないほど動揺している彼に、王はそっと頷き返した。
 しかしそれだけで王子の緊張の箍(たが)は外れた。まろぶように駆け寄ってきた彼は、寝台の縁まで腕を伸ばしていたクレスツェンツに飛びつく。
 小さな王子は抱きしめられてもしばらく泣くのを我慢していたが、とうとう堪えきれずに母の胸に額を埋めて嗚咽を漏らし始めた。
 夫と同じ色の金髪が襟元で震えてくすぐったい。加えて子どもならではの肌の温かさ、不調の身で受け止めるには少々重い小さな身体。
 そのどれもにクレスツェンツはほっとした。生きていると実感出来て。
 泣いている王子を宥めながら顔を上げれば、夫もそろりと寝台の傍へ近寄ってきた。そして靴を履いたまま母の寝台へよじ登った王子の足から、こっそりとその靴を引っ張って脱がせている。
 目が合えば、互いに苦笑するしかなかった。


 やがて泣き疲れた王子を侍女に送らせて東の宮へ帰すと、クレスツェンツの足許のほうにじっと佇んでいた夫が寝台の縁へ腰掛けた。大きな掌でクレスツェンツの頭を引き寄せ、互いの額を擦り合わせる。

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