dear dear

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「待ってくれ院長。わたくしが療養している暇などないと思ったのは何も施療院のためだけではないし、こんなに大事になるほど具合が悪いとは思ってもいなかったのだ。貧血ぎみなのは充分に食べていないからだろうと……」
 自分を責めるようなオーラフの台詞を遮り、クレスツェンツは半身を起こす。勢いに任せてみると案外起き上がれた。しかし失った血は取り戻せていないようで、目眩と、それから吐き気と痛みが蘇ってくる。
 さあっと頭から血が降りていく感覚に、彼女は言葉を詰まらせた。寝室にそろう者たちを心配させないようにと手をついて倒れるのを堪えたが、目を回しているのをあっさり見破られ、義姉が再びクレスツェンツを枕に押しつける。
 跪いていたオーラフは立ち上がってくれたが、彼の悲痛な表情や、義姉の怒った顔、侍女たちや医官たちのいたたまれない様子にも、クレスツェンツの胸は痛んだ。
 こんな顔をさせないためにも苦痛を堪えていたはずだったのだが……。
 再び横になった王妃がくったりと身体を弛ませたのを確かめてから、義姉は寝台を離れた。
「どうか、しばらくはご養生に専念してくださいませ。王妃さまは施療院にとってはもちろん、国王陛下にとっても欠かせぬお方なのですから」


 一瞬とはいえ起き上がって話をしたが、クレスツェンツの身体は想像以上に消耗しているようだった。
 あれから更に数名の医官がやって来て、クレスツェンツは彼らの問診を受けた。その場に残っていたオーラフとともに、医官たちは王妃の不例を感染する病ではないとの診断を下していった。
 「国王陛下にご報告いたします」と言って彼らが去り、寝室が静かになったとたん、クレスツェンツはまた眠りに就いた。
 順繰りにみる夢はどれもいい気がしないものばかりだ。
 大議会での貴族との応酬の記憶や、倒れる直前の夫との言い合いの光景や、うなだれるユニカ、ホールに並べられた死体、疫病を葬る土と炎、祈りの詞(ことば)。
 真っ暗な眼裏に浮かんでは消えていく人々の顔を追いかけながら、クレスツェンツは丸一日眠っていた。
 気がかりなこと、忘れられない悲しみばかりが思い浮かぶ眠りの中で、彼女は自分が思いのほか疲れていることを知った。

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