6
そして大きく深呼吸をすると、目の前に積まれた書類の山を再び崩しにかかった。
今夜は久しぶりに夫と食事をともにする約束をした。衣装替えだ化粧直しだと夕方からは忙しくなるので、今日の内に目を通すべき書類を早めにやっつけねばならない。
『あなたはよく喋りますが、意外とそういうことは口にしませんよね』
うん。やっぱり口には出せないんだ。
不意に友人の言葉を思い出し、クレスツェンツはそっと胸元を押さえた。このごろ、そこには友人から勝手にもらってきた僧侶の証のペンダントを提げてあることが多い。
御利益があるわけでもなければ、この小さな金の塊を友人の代わりと思っているわけでもない。
ただなんとなく、彼なら気づくかなと。ペンダントを見て考えてしまうことが増えたのだ。
クレスツェンツは強い女になってしまった。ひとりの人間としても、為政者としても。
ゆえに、友人や仲間は多けれど、ちょっとやそっとのことで「どうしたの?」なんて訊いてくれる者は周りにいない。
また、クレスツェンツも答えはしないだろう。よくも悪くも王妃として身につけた見栄がそうはさせない。
でも、アヒムになら正直に話すのかなと思う。クレスツェンツが今日よりずっと素直だった時代に、彼との思い出が時を止めてしまったからそう思うだけなのかも知れないが。
今のクレスツェンツは不安を口にしない。むしろ、見破られたら終わり。
彼女を支える者は多いが、その足許をすくおうとする者もまた多かった。
だからやっぱり、彼女は毅然として玉座の隣に立つ王妃であり続けるしかない。
- 100 -