dear dear

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愛の蕾

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「ユニカ」
 バルコニーから城壁の向こうに見える街並みを眺めていた少女が、目を瞠って振り返った。
 アヒムによく似た――けれど血縁者ではないという――癖のない黒髪が陽射しを受け止めて艶めく。光に透けてもなお黒い髪を風に翻しながら、少女はたったっとクレスツェンツのもとまで駆けてきた。
「すまない、ちょっと遅れてしまったな」
 初秋の風に乱れた髪を耳にかけてやると、ユニカはくすぐったそうに首をすくめた。
 彼女の口許に浮かぶ淡い笑みは王妃の訪問を心待ちにしていた証拠で、嬉しいクレスツェンツは、我が子を抱くのと同じ思いでいじらしい娘を抱きしめる。
 王城へ連れてきたばかりのころ、まるで人形のように小さくて虚ろだったユニカも、はや年頃の十五歳になった。
 手足はすらりと伸び、身体つきも娘らしくなったし、腰まで伸ばしているのに枝毛の一本もない美しい髪を結い上げたら、もう貴婦人の卵として扱ってもいいだろう。
 しかし、当のユニカはこの西の宮から滅多に出ようとしない。城内にある図書館から本を持ってきたり、温室で読書や編みものをすることはあっても、決して人目のあるところへは行こうとしなかった。
 それがクレスツェンツの悩みのひとつだ。西の宮を快適にしすぎただろうか。
 ユニカを城に迎えたとき、クレスツェンツは内郭の端にあるこの宮殿、王の娘や姉妹が住むべき西の宮に部屋を整え、部屋の品格に相応しい家具をそろえた。図書館や温室に近く臣下も寄りつかない場所であるから、ユニカが静かに、そして自由に過ごせていいだろうと考えたのだ。
 しかしそのおかげで、ユニカが外界へ出る必要を感じずに生活出来てしまっている。
 初めから彼女を隠さず、自分と夫が生活する北の宮に部屋を用意するべきだったかしら。
 でもそれはそれで、東の宮へひとり移住させた王子が心穏やかではいられなくなるだろうし……。
 ユニカの曖昧な立場は難しい。彼女が成長するにつれてもっと難しくなっていく。
「今日は、この間言っていたエメラルドのビーズを用意してきたよ。これでいいだろうか?」

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