dear dear

33

     * * *

 十日の後。
 ペシラへ戻ったクレスツェンツは、太守館を拠点に疫病の治療体勢を整えるための政策を練っていた。
 ビーレ領邦内については、太守のエメルト伯爵がよく統制出来ていたので、彼に助言するという形でクレスツェンツは直接指示を出していない。
 問題はここからでは距離もあり、より被害が深刻と考えられるジルダン領邦をどう支援するかだ。
 やることは山ほどあるが、ここで体調を崩せばいっぺんに命が危うくなる。無理と焦りは禁物だと自分に言い聞かせ、クレスツェンツは今日の仕事を切り上げて机を離れた。
 侍女に世話をさせているユニカの様子を見に行くと、彼女はすでに眠っていた。まだ口も利いてくれず、食事もスープか甘いものを少し舐めてくれる程度で、彼女の命も助かったとは言い切れない。
 眠っているユニカにキスをし、クレスツェンツは少女の髪を優しく梳った。不思議なことに、彼女からは薔薇のような甘い匂いがいつも漂ってきた。
 アヒムが自慢していたとおり可愛らしい娘だ。黒髪は毛先まで滑らかで、アイオライトのような深い青色の瞳は美しい。まだ悲しげに伏せられていることが多いが、彼女が顔を上げ広い世界を見たとき、その宝玉は一層鮮やかに輝くだろう。
 いつかそんな日が来る。そのときアヒムは隣にいられないが、クレスツェンツがともにいようと誓う。
 自分の部屋へ戻る途中、彼女は廊下の窓から太守館の庭園に佇む人影を見つけた。青白い月光を吸い込むカラスのように黒い装いは僧侶のものだ。
 ぴんときたクレスツェンツは階下へ戻った。
「エリーアス」
 月を見上げていた青年の名を呼ぶと、太守館に背を向けていた彼はびくりと身体を震わせ、慌てて顔をぬぐった。泣いていたらしい。
 無理もない。アヒムはエリーアスにとっても親友であったし、兄弟でもあった。また、ブレイ村自体がエリーアスのもうひとつの故郷だったのだ。
 エリーアスは度々顔を見せるので村人とも仲良くやっていたようだし、片恋をしている娘も村にいたと聞く。

- 91 -

PREV LIST NEXT

[しおりをはさむ]


[HOME ]