dear dear

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「お、ひ、さま」
 涙で顔をめちゃくちゃにしながら、エリーアスは震えているクレスツェンツの背をそっと撫でた。
「はなしてやらないと」
 クレスツェンツは顔を上げる。涙で何も見えない。ぼんやりと、エリーアスの着ている黒い法衣が動いているように感じるだけだ。
「アヒムの遺体以外、ほかはみんな焼けてしまっているんです。どうしてこいつの身体だけ、こういう状態なのかは分からないけど……」
 鼻をすすり、クレスツェンツは目許をぬぐった。それでもまだ視界はぼやけていたが、あたりにあるのが灰になりかけた瓦礫ばかりだということは分かった。
「ここは……?」
 アヒムのすぐ傍には一際大きな瓦礫の山があった。奥のほうにひしゃげた巨大な金属の塊が見える。
 訊くまでもなかったかも知れない。あれは鐘だ。
「教会堂があった場所です」
 クレスツェンツは大きく息を吸い、その建物の元の姿を思い浮かべる。父祖から受け継いだこの教会堂を守るために、アヒムはクレスツェンツのもとを去った。
 彼が愛していたもの。場所。
 胸の底が震える。
「導師のご遺体はどうしましょうか。連れ帰り、ペシラで葬送を……?」
「やめてくれ! アヒムの家はここだ。父上も母上も村の墓にいるんだ、ひとりだけペシラに連れて行くなんて……」
「ならば早く葬って差し上げねばなりません。このままここに寝かせておくわけにはゆきませんぞ」
 兵士に言われたエリーアスは苛立たしげに眉根を寄せた。次いで気遣うようにクレスツェンツを覗うが、彼女がぼんやりとアヒムの顔を見下ろしていることに気づくと、唇を噛む。
「墓地はあっちだ。アヒムの一族の墓の場所を見てこよう。運ぶのはそれからだ」
 立ち上がったエリーアスに続き、数人の兵士がその場を離れた。残った者も、項垂れる王妃からやや距離を取る。

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