天槍アネクドート
野望と恋の話(1)
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 体格は自分と大差ない。そう思って侮ったが、相手の身体には、自分には無い筋肉がつきつつあるらしい。腰の辺りに跨られ両腕を押さえ込まれると、もう抵抗のしようが無くなった。
 無理矢理ぶつけるように唇を塞がれ、甘い味の舌がねじ込まれる。さっき食べたマロンタルトの味だった。栗と、シロップと、洋酒とカスタードの味。こんな状況でなければ、メルヘンのようなキスの味。
「んんーっ」
 しかし、ティアナはらしくないことにパニックになっていた。息が出来ないせいだ。こんな甘いものはもういらない、とにかく空気を。
 そう思って藻掻くが、思いもよらない暴挙に及んだ少年は顔を背けようとするティアナの動きを追って、少しも唇を離そうとはしない。が、呼吸が出来なかったのはお互い様のようだった。
「っぷは」
 相手の顔が離れて、求めていた空気が胸にどっと入ってきた瞬間、きゅうっと視界が狭くなる。あ、まずい、失神する。ティアナは自分の意識を繋ぎ止めるために、目を閉じて弾けそうなほどに脈打っている心臓を宥める。
「い、息、どうしたらいいんだろ?」
 苦しそうに浅い呼吸を繰り返しながらティアナをソファに組み伏せるエイルリヒは、この状況に似合わない無邪気な声で言った。
「お退き下さい……!」
 まだ頭がくらくらしていたが、ティアナははっきりとした怒りを覚えていた。たとえ相手が将来夫になる公子でもこれはあまりに無体な行いだ。
 相手が誰であれどんな行為であれ、理性的でないのは大嫌いだった。それもこんな、欲と好奇心に任せた真似。しかも自分の上にのしかかっているのがエイルリヒであることが信じられない。こんな馬鹿なことをする少年だったのか、彼は。
「どうして怒るんですか?」
 憤慨するティアナを見下ろし、エイルリヒは剣呑な微笑みで再び顔を近づけてきた。その攻撃的な表情にティアナの背中に冷たいものが走る。
 思わず目を閉じて顔を背けると、そんなことは何の問題でもないというようにエイルリヒはティアナの耳朶を唇で食んだ。
「髪にカスタードの匂いが残ってる、良い匂い……」
 くく、と喉の奥で笑った彼の声は、ぞっとするほど艶っぽい。
「僕のこと、好きじゃないんですか? 僕の好きなものはなんでも知っていて、お菓子もたくさん作ってくれて、伴侶≠ノ贈るレースも用意してくれていたのに、触られるのはいや?」
「それとこれとは、話が違います」
「違いませんよ、いずれ夫婦になるんだし」
 顔を背けたくらいでは逃れられない。また唇をふさがれる。舌が唇の奥へ侵入しようとしてくるが、ティアナは決してそれを許すまいと歯を食い縛って耐えた。
 諦めたエイルリヒは身体を起こしたが、握っていたティアナの手首を痺れるほど強くソファに押しつける。

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