天槍アネクドート
二十シピルと親子の話(12)
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 自分が留守の間に何があったかは知る由もなく、ユニカは弾んだ声でケーキを広げて見せた。まだ温かいそれは、ほわんと甘い香りを放つ。
「どうしたの? ユニカが作ってくれたの?」
「今日の午後から、自分で材料買い集めて、レーナに習いに行ってたんだよ」
「買い集めて? もしかして、昨日のお金を使ったのかい?」
 頷くユニカの、こんなに得意げな顔は見たことが無かった。アヒムはきょとんとしたまま、何度か瞬くだけで、その先の言葉が出ないでいる。
「ええ? まさか、あたしがケーキの材料買えるって言ってたから? 全部使ってきたんじゃないでしょうね」
 他の大皿料理を抱えたキルルと、マクダの召使いたちもやって来た。ちょうど良い頃にユニカは帰宅したようである。夕食後、まずはアヒムにケーキをあげて、みんなにも分けてあげられそうだ。
 そしてキルルの問いに対し、ユニカは更に得意げに、ポシェットから銅貨を二枚取り出す。
「ちょっと残った」
「あらあら、四シピル残ってりゃ上等だよ。ちゃんと値切り交渉までしてきたのかい?」
「ううん。ロヴェリーさんが、お金いらないって」
「なるほどね……」
 大方ユニカの作戦を聞いた婦人が、アヒムとユニカ可愛さに、ただで食材を分けてくれたのだろう。これも買い物に使える重要な伝手である。
「欲しいものって、それだったんだね」
 ユニカは首肯しつつ、反応の薄い養父を、ちょっと不安になりながら見上げた。幼い頃からこのケーキに慣れ親しんできて、大好きなのだと、彼は大霊祭の時に言っていたはずだ。でも、(ヘルゲが混ぜすぎたせいで)見栄えが良くないから、あまり美味しそうに見えないのだろうか。
 心配したのも束の間、アヒムはトレーを置いて、ユニカの身体が持ち上がりそうなくらいに強く後ろから抱きしめた。
「導師さま、痛い……」
 ユニカがそう呻くと、わずかにアヒムの腕の力は弛んだ。しかし、相変わらず肩を少しも揺すれない程である。
「言葉にならないほど嬉しいみたいだよ」
 マクダがユニカに耳打ちすると、その言葉が聞こえていたアヒムはユニカの肩に額を埋めたまま頷いていた。
「じゃ、また……頑張ってレースを編みます」
「あたしが買いに来てあげる。キルルよりも巧い職人になりなよ? そんで、自分の欲しいモノもじゃんじゃん買いな」
「ユニカがあたしを超えるなんて、五十年早いわよ」
「五十年、頑張るもん……」
「なんですってぇ?」

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