天槍アネクドート
さいしょの贈りもの(11)
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「あなたに不満があるという話ではない。いや、……やっぱり多少不満があるという話になるかも知れないが……でも怒っているとかそういうことではないよ。あなたが何を考えているか分からないから、困っているというか、避けられている気がするというか……」
 相手がこんなに動揺するとは思っていなかったので、つられて狼狽えたテオバルトは結局本心を白状することになった。ばつが悪くてうなじを掻くしかない。
「何か、あなたに嫌われることをしたかな」
 そう口にすることはテオバルトにとってすさまじい量の勇気を要することだった。
 生まれた時からエルツェ公爵家の跡取りであったテオバルトの周りには、彼が求めるまでもなく人が集まった。無数の人材に囲まれたテオバルトには、いつでも彼らを選別し付き合う人間を選ぶ権利が与えられていた。
 それゆえ一緒にいたい≠ニ思う相手から本気で邪険にされた経験がない。
 だからこそヘルミーネの反応の乏しさが不安で息苦しい。
「――旦那様は、わたくしと妻合わせられるのがお嫌だったと聞きました」
 ヘルミーネを直視できないまましばらく黙っていると、静かで、固い声が聞こえてきた。
「は?」
 思わず裏返った声で返してしまう。驚いたというより、むしろぎくりとして。……ヘルミーネの言うことが事実だったからだ。
「不本意な結婚で、旦那様には不自由に感じていらっしゃることでしょうが、家同士が決めたこと。どうかご容赦くださいませ。旦那様のお気に召さないにしても、せめてエルツェ家の名に恥じぬ妻にはなれるよう努めます」
 そう言って粛然と頭を垂れたヘルミーネを呆けて見ていたテオバルトは、慌てて彼女の顔を上げさせた。
「そ、その話は誰から聞いた……!?」
「……風の噂で」
 その答えから、彼女には言うつもりがないのだと分かった。しかし、それはさしたる問題ではないと気が付く。
 問題なのは、ヘルミーネとの結婚について、テオバルトがごねていたと相手が知っていたことだ。
 生まれも育ちも王家のお膝元であるアマリアのテオバルトにとって、王都から遠く離れた土地はどこも田舎だった。そして、いくら水上交易の利権やそれを守る兵力を有した侯爵家といえど、田舎貴族に過ぎない。

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