さいしょの贈りもの(10)
こく、と頷いたヘルミーネの肩に手を回し、我ながらわざとらしい、といたたまれない気持ちになる。うつむき加減の彼女がいつもの無表情であることがこの際救いだ――少しでも嫌悪感を見せられたらテオバルトの心は折れていただろう。
「何かと忙しくて気づかなかったが、二人きりになるのはずいぶん久しぶりだね」
ほかの客達もおのおのの部屋で夕食の用意が調うのを待っているからか、庭園には人の気配がなかった。巣へ帰っていく小鳥の羽ばたき、離れてゆく噴水の音。聞こえてくるのはそんな音ばかり。
婚儀のあと、二人の周囲には常に人がいた。他家の貴族や友人や家族。皆、エルツェ公爵家に続いた慶事を祝うためにテオバルトのところへ集まっていたのだが、おかげで、ヘルミーネと本当に二人きりで過ごせたのは寝る時だけだった。
妹の「お下手なのでは?」という声が耳の奥によみがえる。テオバルトは首を振ってその声を追い払った。今はそういう話ではない。改めて、ヘルミーネにきちんと向き合う時間がなかった、あるいは向き合ってこなかったという話だ。
テオバルトは努めて話を続けようとした。
「ロウレージ大河には及ばないが、レゼンテル領邦の川の流れも清らかで美しいよ。滞在する山荘からもそう遠くない。舟遊びもしようか」
ところが、大人しく肩を抱かれて歩くヘルミーネはうんともすんとも言わず、ただ小さく頷いただけだった。
テオバルトは内心唸り、視線を夕暮れの空に投げて助言をくれなかった友人の姿を求める。
陛下、やっぱりヘルミーネの考えを知るのは難しそうです。
自分は王ほど辛抱強くないし、わがままで譲歩するということが大嫌いな自覚がある。ヘルミーネが口を開いてくれるまで根気よく話し続けるのは、そんな自分にとっては至難の業だ。
それでもいつもは出来ない我慢が出来たのは、せっかくだからヘルミーネを嫌いにはなりたくないという一心のおかげだった。
テオバルトは庭園の中の薄い林をくぐり抜ける途中で足を止めた。彼らの許へ届く陽の残光はいくぶん少なくなり、ヘルミーネの白い頬に薄青い陰が落ちた。
「ミンナ、私は、気を利かせて人の気持ちをくみ取るということがあまり得意じゃない。だから、頷かれるだけだと正直困るんだ」
そよ風に揺らされた梢の間から西日が射し、ヘルミーネの目許を照らした。一瞬すみれ色に輝いた彼女の目には明らかな動揺が映っていた。
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