天槍アネクドート
さいしょの贈りもの(2)
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「打ち解けるとはどうやって。ヘルミーネはどんなことを言っても聞いてもニコリともしない。何を考えてるかまったく分からないんだぞ。正直、」
 怖くて近寄れない。
 それはさすがに口に出さなかったが、テオバルトは呑み込んだ言葉によって自分の気持ちにようやく気づいた。
 そうか。自分はすっかり新妻に関わることを恐れてしまっているのか。
 何が怖いのかは分からないが、人形ではないことの証である何らかの意思が宿った深い色の目、けれど感情の温度は感じることが出来ないあの目でじっと見つめられることを思い出すと、背中の皮膚がそわそわと粟立つ感じがした。
 テオバルトはどうしたらいいのか分からなくなるのに、彼女はテオバルトから視線を逸らさない。そうするとますますどうしていいのか分からなくなる。
 このままでは、妹と王の婚儀のため先延ばしになっていた自分達の新婚旅行が地獄になりそうだ。旅先にはかしましく友人や親族が祝いにやってくることもない。三日後に屋敷を出発したら、ヘルミーネの凪ぎきった視線とおよそひと月、ずっと向き合い続けなくてはいけないのだ。
「どんなことを言っても聞いてもとはおっしゃいますが、兄上は義姉上とどういうお話をされるのです?」
「ええ? うん。まあ、朝起きたらまずおはよう≠言う」
「ほう」
「よく眠れたか≠ニか、聞くこともある」
「それで」
「今日だったら、王妃様に会いに行ってくる≠ニ言ったし、あなたも一緒に来るか≠ニ聞いたよ。ご遠慮しておきます。ご兄妹でつもるお話もあるでしょうから≠ニ言われて、話が終わったけど」
「ほかには?」
 両手の中でカップを転がす妹が身を乗り出し上目遣いに聞いてくる。妹相手ではときめきようもないが、そうだな、こういう仕草をヘルミーネが見せてくれたら可愛いのに、と思いつつテオバルトは首を振った。
「あとは特に」
 たいてい、「はい」とか「いいえ」というヘルミーネの返事で会話が途絶えてしまうので、一緒に登城することを拒むためにヘルミーネが二言も発したのが珍しいことだったのだ。いつもそんな感じなので話が弾まない。

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