天槍アネクドート
さいしょの贈りもの(1)
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 雨の日は空気が悪い。
 妹に会いに行くのに憂鬱なのも、未だに届く祝いの品に返礼を送る作業から離れられるのに気が晴れないのも、全部雨がもたらす湿気のせい。
「三時には戻る」
「はい」
 玄関先でテオバルトを見送るヘルミーネは、今本当に声を発したのか怪しいくらいの無表情と楚々とした動作で頭を垂れた。
 大人しい、美しくて従順な新妻だ。
 父母や周りからすすめられてきた娘をめとったのだが、三ヶ月前に妻になった彼女にどう接していいのか、テオバルトはまだ分からないでいた。
「じゃあ、行ってくる」
「お気をつけて」
 こういう場面、新婚らしく口づけの一つも交わして別れを惜しんだ方がいいのかも知れないが、眉一つ動かさず、抑揚もない声で形式通りの言葉を返してくるヘルミーネがそれを望んでいるとは思えない。
 ただ、テオバルトの明るい緑灰色の瞳とは対照的な深い紺色の瞳がまっすぐに見つめ返してくる。
 愛する新妻から見つめられて喜ぶべきところだが、テオバルトはその視線を避けるように踵を返した。
 空気が悪い。
 このままでは窒息しそうだ。

 ***

「無理だ。こんなんで二人きりの時間が一ヶ月も続くと考えただけで気が狂いそうだ。というかもう少しおかしくなってきた気がする。家に帰りたくない。城に泊まる」
「何を子供のようなことを。兄上がおかしいのは昔からのことですし兄上の部屋などここにはありません。手土産だけ置いてさっさとお帰りください。こんなところで駄々をこねているから義姉上と打ち解けられないのです。情けない」
 気の置けない侍女一人を除いて二人だけなのをいいことに、テオバルトの結婚よりひと月遅れて王に嫁いだ妹はふんぞり返って兄を罵った。いつもなら言い返すところだが、妹が思っている以上に消耗していたテオバルトは頭を抱えたまま反撃しなかった。

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