伯爵の憂鬱(1)
縁談について、母には相談したくないというのがエリュゼの本音だった。
なぜなら、彼女がこの話に反対するはずがないからだ。むしろ母はエリュゼが反対することに反対するだろう。
久しぶりに休みをもらって実家へ帰ってみると、先に寄越した便りを読んだ母、ゼスキアが婚姻諸々の用意に取りかかろうとしていた。
「お母さま、わたしは縁談をいただいたとご報告しただけです。まだ受けるとも断るとも申しておりません」
「何を言っているの。エルツェ公爵と王太子殿下からいただいたお話ですよ、断れようはずもありません。また断る理由もないお相手だわ。そんなことも分からないほどお前は無知ではないでしょう」
母は引っ張り出してきた自分の花嫁衣装を床に放り投げ、駄々っ子をなだめるようにエリュゼの両頬を手で包み噛んで含めるようにそう言った。
そして娘が次なる反応を示す前に自ら放り投げたドレスを拾い上げ、数少ないこの家の使用人の名を呼びながらどこかへ行ってしまう。
結婚式であのドレスをエリュゼに着せるつもりなら、うちで直すのではなくきちんと職人に直させて欲しい……。
部屋へ行く気力もなく居間の長椅子に座りこんだエリュゼだったが、彼女の深い溜め息の向こうでよい香りの湯気が揺れたことに気がつき顔を上げる。
ほんの一瞬目をつむった間に現れたお茶は、テーブルの傍に佇む祖母、トルデリーゼが淹れてくれたものだ。
エリュゼはほっとして身体を起こした。優しい匂いを振りまくカップを手に取れば、それだけで舌の上に慣れ親しんだお茶の味が思い出される。
ほどよく温んでいたそれをすすり、向かいの席に腰を下ろした祖母に向かってまた溜め息をつく。
聞いて欲しい愚痴がたくさんあるのに、言葉になって出てこない。
エリュゼの胸中を察した祖母は冷静な笑みをこぼした。
「お菓子もあるのよ」
「ありがとう、お祖母さま」
祖母が内緒話をするように囁き差し出してきた皿には、コロコロした砂糖まみれの焼き菓子が盛ってあった。香りは甘いが味はあっさりしたお茶に、このたっぷりの砂糖がよく合うのだ。
どうしてこの淑女からあの万年少女な母が生まれたのかとエリュゼはいつも不思議に思う。
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