待春の夜(10)
ディルクが、いつ、クレスツェンツからこれと同じサシェを贈られたのかは分からない。
しかし、どんな些細なものでも、ユニカとディルクを結びつけるものはユグフェルトを不安させた。
ディルクがサシェを作ったのが誰であるかを知ることがないように祈りながら、ユグフェルトは手許に残っていたサシェを暖炉の中に放り入れた。
やわらかな綿の袋は途端に燃え上がり、あたりにはほのかなラベンダーの香りが漂う。
サシェを一つ燃やしたからといってディルクの記憶を消せるわけではなかったが、こうせずにはいられなかった。一本でも多くの糸を断ち切っておきたかったのだ。
人に安らぎをもたらすはずの甘い香りも、今日のユグフェルトにとっては呪いの火だ。
王の責務、それから憎しみを編んでつくった、ユグフェルトとユニカを縛る呪いの火の粉。
これまで、大公の長子という立場に見合わぬ厳しい道を歩かされてきたディルクには、そんなものを被って欲しくない。王という重責を背負う一方で、支え合える妃とあとを託せる息子を持ち、幸せになって欲しい。
ユニカにそれを叶える力があり、ディルクが彼女を望むのなら、ユグフェルトとて彼女を解放することが出来るのに――。
ラベンダーの灰が薪の間に散って見えなくなる時、ふとそんな考えが脳裏をよぎった。
あるはずのない未来、許せるはずのない望みだ。
そんな空想に耽る前に打てる手がたくさんあろうに、と自嘲しながら、ユグフェルトは一人寝室へ引き上げた。
せわしい年明けの宴の合間。冬の残り雪とわずかな灰が、人知れず積もる王の憂いを覆ってゆく――
20180731
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