シングル・ピース(15)
察しの良い貴殿のことだからなんとなく感じていよう。今回の件には、貴殿を呼び戻したい、という思惑が多少なりとも絡んでいる。十年かけて育てた優秀な弟子が、まさかありとビーレ領邦へ帰ってしまうとは思っていなかったようだ。それはまあ、貴殿が退学を申し出たときの騒ぎを思い出せば分かることだな。
わたくしとしても、貴殿の医師としての知識や力量、グラウン家の出身であることから教会との伝手にもなれる、そういうところを頼りにしたいが、我が儘は言わないでおこう。
ただ少しだけ頼みたいのは、エリーアスに預けた卒業証書を大いに活用して貰いたいということだ。
王家の私設学院を出たという肩書きは相当大きな力を持つ。ついては、村の仕事で忙しいかも知れないが、その肩書きを使ってペシラの施療院関係者や医師たちに渡りをつけ、わたくしとの間を取り持って欲しい。(戻ってこいと言いたいところを我慢しているのだからそれくらいやって貰わないと!)
接触したい人物は決まっているので、手紙の最後にリストをつけてある。よろしく頼む。
葡萄酒はもう飲んでくれただろうか。一緒に祝うつもりで、エリーアスがブレイ村に到着予定だと言っていた二十一日に、わたくしも飲もうと思っている。
もう一つの祝いの品は? まだ見ていなかったら中身が分かってしまう。面白くないから黙っておこう。気に入って貰えると確信しているから、大事に使うように。ユニカの分も用意したから、一緒に使ってくれ。(箱の中に入れたカードを見逃すなよ)
アマリア施療院の近況については別紙の……
三枚目の便箋を途中まで読み終えて、アヒムは顔を上げた。
箱に収め直したペンを見て、こみ上げてくる笑いを堪える。
あからさまな条件付きの祝いとは彼女らしい。
そしてほっとした。
都は、彼女の傍は離れたが、まだ彼女のために出来ることがあるのだと。
「置いてきてしまった」と思っていたけれど、そこで何もかもが途切れたわけではないのだ、向こうで築いた関係が無くなるわけではないのだ。
(馬鹿だな、こんなにたくさん祝ってくれる人たちがいるのに)
遠くにいるアヒムに、思いが届くようにと言葉を文字にして、手紙に託して。
そういえば、故郷へ帰るときも不安だった。ブレイ村は、もう自分の居場所ではなくなっているのではないかと思って。
同じことを都の人々に対して感じていたらしい。本当に、馬鹿だなと思う。
人は温かいのだ。目に見えない絆を、ともすれば一生大切にしてくれるほど温かい。
そんな人々を、アヒムは愛おしいと思っているのに。同じものを返したいと思っているのに。
ほんの少しの寂しさから大切な人たちとの絆を疑ってしまうなど、自分はまだまだ未熟だなと認めるしかない。
都で過ごした日々を過去としてしまうのではなく、今一緒にいる人々と、新たに出会う人々と共有することで、ブレイ村も、都の友人や恩師達のことも、アヒムは両方大切に出来るのだ。
思い出させてくれた親友の手紙を再び開きながら、彼は続きを読み始める。返事にも、ここにいて出来ることがあるなら何でも引き受けると書かなければ。そう思いながら。
調子にのった彼女が無茶なことを言わなければいいが、と、それだけが気がかりである。
(20140922)
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