シングル・ピース(8)
いつもならそうして幼子のようにぐずるキルルを宥めてやることが出来るのだが、今日は咄嗟に言葉が出てこない。彼女の言葉を受け流すことも出来ず素直に傷ついている。
そんな自分に気づくことが出来るくらいには、頭の片隅が醒めていた。しかし感情的になっているのは、やはり酔っているからだ。
「もう、いいわ」
キルルになんと言ってやろう。まとまらない思考で、アヒムなりに一生懸命考えていたが、キルルはその沈黙が気にくわなかったらしい。
起き上がった彼女はそう吐き捨て、ふらふらしながら立ち上がった。
「部屋に行くのか? 大丈夫かよ、そんなよろよろして……」
「歩けるわよ、ついてこないで」
睨まれたエリーアスが肩をすくめる。それを見てふんっと鼻を鳴らしたキルルは、もう一度アヒムに恨めしそうな視線を投げかけて居間を出て行った。
残された者たちが気まずくカ緘黙していると、レーナがお茶を手に戻ってくる。キルルの姿がないことに気がつき、彼女は大きな溜息をついた。
「様子を見てきますね」
漂う空気の気まずさと、それにかこつけて動こうとしない男たちに呆れた様子である。
レーナも行ってしまうと、誰からともなく溜息が漏れた。
「導師さま……」
人一倍不穏な気配に敏感なユニカは、耐えきれなくなってアヒムの袖を引いた。さっきまであんなに楽しかったのに、どうしてみんな暗い顔をしているのだろう。どうしてキルルは怒って行ってしまったのだろう。養父と彼女は喧嘩したのだろうか。
大きな青い瞳には、そんな不安がいっぱいに映っていた。
「大丈夫だよ」
アヒムは娘に微笑みかけ、彼女を膝の上に抱き上げる。
「明日になったら、ちゃんとキルルと話をするよ」
ユニカに言ったのか、自分に言い聞かせたのか分からないような言葉だ。ぼうっとしてきた頭で考えながら、アヒムは自嘲した。
「お前さぁ、キルルを嫁にするつもりはないのかよ?」
そう切り出したのはヘルゲだ。
ユニカの肩に額を預けていたアヒムが顔を上げると、目が合った幼なじみは大変言いづらそうに視線を逸らし、中身のない杯をぐるぐると転がし始めた。
「あのまんまじゃ行き遅れるぞ。だいたい十年も待ってたんだぜ。なんとかしてやれよ」
「ううーん……」
アヒムは再びユニカの肩に顔を埋めた。少女の髪は温かくて、子供ならではのいい匂いがした。
少しだけ首を動かし横目に見てみると、エリーアスがわずかに表情を曇らせている。
「キルルは可愛いけれど、私にとっては妹だからね……」
「お前、なかなかひでぇ奴だな」
ヘルゲの言葉には、苦笑することしか出来ない。
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