シングル・ピース(6)
友人二人と杯の縁をぶつけ合い、アヒムは二月か三月ぶりの葡萄酒に口をつけた。
久しぶりだからなのか、エリーアスが言うとおり上等な品だからなのか、びっくりするほど美味しいと思った。
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「キルル、大丈夫?」
いつもより豪華な食事はあらかた片づけ終え、空になった皿が並ぶテーブルの上には栗色の髪の娘が突っ伏していた。
「ううう……」
ヘルゲの妻レーナが、声をかけながら彼女の背中をさする。返ってくるのはさっきから呻き声ばかりだ。
エリーアスが預かってきてくれた葡萄酒は、みんなに振る舞った。飲んでいないのは子供のユニカだけで、アヒムと同じく祭礼や行事が無い限り酒を口にしないキルルやレーナも、この上等な酒は口に合ったらしい。
しかし飲み慣れていないことには変わりなく、料理を食べながら杯を二杯あけただけだが、キルルはすっかり酔いつぶれてしまっていた。
「部屋で横になった方がいいよ。片づけは私たちでやっておくから」
宿屋のないこの村では、アヒムの家が宿房を兼ねている。数日家を空けるために留守を頼むときは、キルルには部屋を貸して寝起きして貰っていた。今日も留守の流れでここにいるのだから、キルルが泊まる部屋の用意はできているはずだ。
しかし彼女は身体を起こすと、据わった目でアヒムを睨みつけた。
「いやよ」
どうして睨めつけられるのだろう……と思いながらも、アヒムは苦笑するだけにしておく。
またぐったりとテーブルに倒れ伏し、キルルはさめざめと泣き始めた。
「キルルったら……」
「お茶を淹れようか。酔い醒ましになるし」
「わたしが淹れます。キルルの他にいる人は?」
立ち上がろうとしたアヒムを制し、レーナは男性陣を見渡す。夫もエリーアスもアヒムもそれなりに酔った顔をしていたが、誰も返事をしない。自分とキルル、ユニカの分を用意することにして彼女は席を立った。
「アヒムはひどいわ」
レーナが厨房に消えると、腕に顔を埋め、鼻をぐずぐず言わせていたキルルが唸る。
「寂しいと思ってたのはあたしだけなのね。都がそんなに楽しかったなら、帰ってこなければよかったじゃない」
本心ではないと分かっていても、キルルの言葉はちくりとアヒムの心に刺さった。顔には出さないようにしたが、わずかに目許が震える。
酔って口が軽くなっているのも相俟って、アヒムはヘルゲにせがまれるまま、都で過ごしている内に出会った人々のこと、楽しかったことや苦労したことをつらつらと話してしまっていた。村に帰ってから、都にいた頃のことを人に詳しく話すのは初めてだ。
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