天槍のユニカ



春の在り処は(18)

 ユニカは老僧のお茶目な頼みに思わず笑ってしまいつつ、どうやらヘルミーネへの土産は現地で悩んだ方がよさそうだと考えた。甘い酒ならユニカも飲めそうだし、酒以外にも砂糖漬けや干したのがあったりするだろう。それは楽しみだった。
「お酒でしたら、王太子殿下にも差し上げてはいかがですか」
「……ヘルミーネ様はともかく、どうして王太子殿下?」
「殿下もお酒はよく召されるそうですから、たまには葡萄酒以外のお酒でもと」
「自分で買って飲むのではないの」
「それもよいでしょうけど……四月は殿下の生まれ月ですし。……ユニカ様からは何も差し上げないのですか?」
「え……?」
 苦笑するエリュゼを見つめ返しながら、ユニカは左手の指輪を撫でる。
「そう、なの。知らなかったから」
「お酒でなくても、何か差し上げたらお喜びになると思いますわ」
 その言葉には曖昧に頷いただけで、矢車菊の花の形を指先でなぞった。
 彼には色々もらってばかりだ。一つくらい、お返しをすべきだろうか。
「……考えてみるわ」
 ほとんど口の中だけで呟き、ユニカは普段は入れない砂糖をお茶にたっぷりと溶かし込んだ。

* * *

「本当に持っていくのか? ゆっくりしてくりゃいいのに」
 ユニカはエリーアスの弟子から白い木綿の束を受け取り、ゆるりと首を振った。
「出来るだけでいいと院長様もおっしゃってくださったから」
 三月はゼートレーネ行きの準備に追われながら施療院から届く布で指定されたものを作って過ごしていたユニカは、出発の今日に至っても新しい仕事を引き受けていた。エリーアスは見送りがてらオーラフ院長からのお使いで布を持ってきてくれたのだ。
 オーラフも羽を伸ばしていらっしゃいと言ってくれたのだが、保養地でもあるゼートレーネでの時間がそれほど忙しいとも思えない。実務的なことはカイとエリュゼが面倒をみてくれるし、暇を持て余した時には仕事があった方がいい。
 ユニカが王都へ戻ってくるのは今月の終わりか、遅くなれば来月の初め頃だ。全部は縫えなくても半分は仕上げて持ち帰ることが出来るだろう。

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