天槍のユニカ



春の在り処は(17)

「食事は出来ても、ペンは持てないそうですよ」
 それを聞いて、この数日ユニカのもとへやって来るのがカイだけである理由が分かった気がした。恐らく、アルフレートは手が肉刺だらけになったことを理由に勉強を放り出し、それゆえカイに外出を許してもらえないのだ。
「では、わたくしはこれで」
 そうしてヘルミーネは円卓会議に向かった。
 彼女にはエルツェ家に馴染もうとしないユニカに対して言いたいことが山ほどあるだろうが、しばらくは息子達に任せておいて放っておくつもりらしい。
 けれども、言葉少ななあの人も弟たちと同じようにユニカを家族として迎え入れてくれたのは確かのようだった。
 ユニカは目の前の皿に取り分けられた焼き菓子をまじまじと見つめ、やがて一口食べた。たっぷり使われた卵の香りと砂糖の甘みが優しい。
「ヘルミーネ様にも、お土産を持ち帰らなくてはいけませんね」
 エリュゼもヘルミーネの態度にユニカと同じことを感じたらしい。彼女もパウルの小姓が取り分けてくれた焼き菓子に手をつけながらほのぼのと笑っている。
 エルツェ公爵夫妻はゼートレーネには同行しない。出発の日をずらしてレゼンテル領邦へは来るが、ゼートレーネとは別の場所にある別荘に少し滞在したあと、隣の領邦へ移り公爵家領で過ごすそうだ。とはいえエルツェ公爵は王の寵臣である。大霊祭は王と一緒に祝うため王都に戻る。恐らくユニカと同じ頃に王都へ帰ってくるだろう。
 ブレイ村の夏も農作業や大霊祭の準備で忙しかったが、貴族は貴族で忙しいのだ。
 それはさておき、エリュゼの言葉にはユニカも賛同する。
 会う機会は少なかったが、屋敷に置いてあっても仕方がないという亡き王妃の形見のドレスやヘルミーネが若い頃に使っていた小物を色々と貰った。あれは、暗にユニカが公の場を歩き回る際にふさわしいものを渡すと同時に教えてくれたのだと思っていたが、もしかすると、母から娘へよい品を譲り渡す、そういう行為だったのかも知れないと今になって思った。
「ヘルミーネ様なら、やっぱりお酒がいいのかしら」
「ゼートレーネの周辺はベリー類の栽培が盛んな土地です。強いのも弱いのも、珍しい果実酒がいろいろとございますよ。公爵夫人のついでで構いませんので、この年寄りにも一つ持ち帰っていただけませんか」
「はい。パウル様は何かお好きなお酒がありますか」
「ぜひ、桑(マルベリー)のを。砂糖は控えめのがよいですなぁ。夏はあの甘酸っぱいのに限るのです」

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