天槍のユニカ



春の在り処は(16)

「施療院で円卓会議があるのですよ」
「円卓会議」
「施療院と、貴族、町医者、それから施療院の仕事を手伝っているこのあたりの住民それぞれの代表が、施療院の運営について話し合っているのです。ヘルミーネ様は、貴族の代表として会議に携わっておられますわ」
 おうむ返しに呟くユニカにエリュゼがすかさず耳打ちしてくれる。そうなんだ、とユニカが納得したのを見計らうようにヘルミーネが続けた。
「そのついでと申し上げるのは猊下に失礼でしょうが、いつも当家の姫がお世話になっていますから、そのお礼をと」
 当家の姫、というのはいささか遠回しな表現だったが、それはヘルミーネのはっきりした意思表示だった。どうやら自分はこの人には娘として認識されている。それが分かると頬が熱くなった。
「いいえ、私がユニカ様を呼びつけて話し相手をお願いしているだけのことです。楽しみが出来たおかげで仕事にも身が入ります」
 ヘルミーネは老僧の穏やかな冗談に外交用の優雅な笑みを返すだけで、それ以上は言わない。そして、彼女はおもむろに立ち上がった。
「アルフレートが、手が痛くてお城へ行けないと甘えていましたよ。時間があるのならたまには自分から弟の顔を見に行っておやりなさい。今日は旦那様もご不在ですから」
 声色こそ淡々としていたし、ヘルミーネはユニカの方を見てもいなかったが、最後の一言にユニカはきょとんとした。
 今現在、ユニカが最も苦手な人間はエルツェ公爵だ。そのことをユニカはまったく隠せていないので、ヘルミーネにも分かっているらしい。天敵がいないなら実家≠ヨ寄ることくらい出来るでしょう。ヘルミーネはそう言っているのだ。
 それでユニカはふと気づいた。言葉はつんけんしているが親切にしてくれるカイの気質は、どうやらヘルミーネから受け継いだもののようだ。
 なんだか急に微笑ましくなり、つい小さな笑い声がもれてしまう。しかしヘルミーネの怪訝そうな視線がこちらに向くのを感じたので、慌てて表情を引き締めた。
「では、帰りに屋敷へ寄っていきます。……アルフレートのけがはまだよくなりませんか」
 そうまでされたら、ユニカは応えないわけにはいかない。わけもなくこみ上げてくる気恥ずかしさをごまかすようにだいぶ慣れ親しんできた弟の話題を持ちかけると、ヘルミーネはうっすらと微笑んだように見えた。

- 994 -


[しおりをはさむ]