天槍のユニカ | ナノ



春の在り処は(1)

第3話 春の在り処は


 一枚一枚静かに検分されていく布を見送りつつ、ユニカは手に滲んできた汗を握りしめ身体を硬くしていた。
 やがて最後の一枚を点検し終えたオーラフが満面の笑みを浮かべる。
「大変丁寧な縫い方です。仕事も早くて助かりました。ありがとうございます」
「い、いいえ。まっすぐ縫うだけでしたから。暇もある身ですし……」
 ユニカはオーラフから依頼されていた枕入れの袋二十枚を作り終え、パウルからのお誘いがあったついでにそれらを施療院に持参したのだった。いや、本当は「明後日、いらっしゃいませんか」というパウルのお誘いに合わせ、残りの数枚は昨日急いで縫った。どうにか間に合ったというのが本当のところだ。
「エリーアスから聞きましたよ。来月には遠出なさるのでしょう。色々とお勉強もなさっているそうで、本当はお忙しいでしょう。それなのに……」
 オーラフは畳んで重ねた布を撫で、そこに縫い付けられたラベンダーの刺繍を見て優しげに目を細める。その表情を見ると、刺繍もすべての袋につけられてよかった、と思う。
「この枕は当たり≠ナすね。早く退院出来る御利益がありそうです」
 ユニカはオーラフの言葉が半分本気であったことは知らないまま、紛れもなくユニカ以上に多忙な院長の部屋を辞した。
 ユニカの仕事の速さはよく分かったので、今後も何かとお願いするだろう。最後に言われたその言葉が背中でもぞもぞしている。
 それにしても、エリーアスときたらなにもオーラフにまで領地視察のことを話してしまわなくてもよいのに。
 一昨日、パウルからの招待状を届けにきた彼に愚痴をこぼしたが、エリーアスのことだから悪気なく「ユニカは遠出が嫌でぐずっている」と知人達に言いふらしていそうな気がする。
「パウル猊下とのお約束の時間までまだしばらくございますが、いかがなさいますか」
 パウルもきっと知っているんだろうなぁ。そう思うと恥ずかしいが、ここでは誰にも文句が言えない。
「図書室を見に行くわ」
「では、こちらですね」
 エリュゼが快く案内してくれるということは、図書室は出入り自由らしい。先日覗いた時、そこにいたのは子供の方が多かったので簡単な本しかないのかも知れないが、多くの人が集まっている施療院ではあの部屋が一番落ち着いて過ごせそうだった。


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