天槍のユニカ



相続(2)

 恐れていたような、死や痛みに怯える人々の集まる場所ではなかった。それに自分の二親たる養父や王妃が関わっていたのは甚だ納得がいった。
 なんといっても、あの二人は苦痛に怯え希望をなくしかけた人々を見棄てようとしたことは一度もないのだから。
「だからといって、他国の外交使節が治療を頼むような相手ではないはずなんだがな」
 一つ目のパンを食べ終えたディルクの呟きに不愉快さがにじみ、ユニカは施療院の門前で鉢合わせたアレシュの顔を瞬時に思い出した。
「王城の中にはイシュテン伯爵をはじめたくさんの医官がいる。彼らの知識だって施療院に引けをとらない――はずだ。けれどアレシュ殿はシヴィロの教会が好きらしくてね。施療院の僧医に部下の診療を依頼したのも、そういうきっかけで彼らに関心を抱いたかららしい。こちらとしてはいい気がしないな。うち≠フお抱えの医師よりあっち≠フほうがいいと言われたら、王家には客の面倒を見られる医師がいないと喧伝されたようなものさ」
 無論、ディルクが面白くないのはそういう理由だけではないなだろう。ユニカそうは思いながらも曖昧に相槌を打ち、アレシュには待ち伏せされていたわけではないのかも知れないと考えて安心する。
「それで、その使節の方々がまだお帰りにならないのはどうしてなのですか」
 ユニカは間を持たせるためにお茶の隣に出されたビスケットを割り、一緒にあったいちごのジャムを塗るだけ塗った。お腹は満たされているのであんまり食べる気もない。このあとどうしよう、と思いつつディルクの反応を窺う。
「使節団の大部分は帰国したよ。残っているのはアレシュ殿とその取り巻きだ。どうしてかと言われたら表向きの理由は色々あるが、本音は俺のためかな」
「殿下の?」
「陛下はトルイユを隣人として認めている。しかしその跡継ぎはどうだ。挨拶してもいつも通り一遍の愛想しか見せてもらえない。玉座の主が代替わりしたら自分達の関係はどうなってしまうんだ……そういう心配をしているんだよ」
 ディルクはそう言いながら鼻で笑う。そんな表情を見るに、彼はあえて、態度を取り繕いトルイユの人々に対してよい顔をするような真似をしていないのだろう。
「さて、これ以上は政治の話だ。このあたりでユニカには納得してもらいたいんだが、どうかな」
 確かに、ディルクのそんな態度にどんな意味があるのか、トルイユとの親和政策を用いる王がそれをどう思っているのか、全権大使のアレシュはどうするつもりなのか――そんなことをユニカが気にしても仕方ない。

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