天槍のユニカ



冷たい夢(15)

「お酒より、何か食べるのよ。ほら」
 熱いスープをよそって差し出すと、所在なさげに突っ立っていたヘルゲは無言で器を受け取りテーブルに着いた。
 慰めはほかの村人から充分に受けているはずだ。他人が慰めるほどヘルゲは愛妻の死を実感するだろう。
 だからキルルは一人になりたいと言ったヘルゲの気持ちを自分なりに推し量って、いつも通りつっけんどんな態度を崩さないことにした。
「ここで泣いたりしちゃだめよ。ユニカが寝てるんだから」
「……分かったよ」
 ヘルゲがスープを啜り始めるのを横目に、キルルは教会堂へ向かった。
 だから、彼がその直後に席を立ったことなど知るよしもない。


 眠れそうになかったが、養父が寝台を使ってもいいと言ってくれたのでユニカはアヒムの寝室で寝ることにした。
 アヒムには香木の匂いが染みついている。彼が祭壇に向かう時、傍で必ず香木を燃やすからだ。ユニカはその匂いが好きだった。
 今日、キルルと一緒にシーツを取り替えたが、やはり寝台にはアヒムの匂いが残っている。そんな毛布に顔を埋めて目をつむっていたら不安な気持ちが少しは遠のき、うつらうつらしてきた。
 葬儀があると教会堂へ人が集まる。ユニカはそれが苦手だ。祈りの会や教義の勉強会の時とは違って、皆が不穏な興奮を内に抱えている気がするのだ。
 早く戻って来て、導師様。ユニカは微睡みながら呟く。
 そしてようやく眠れそうだと思った時だった。
 どこかでかちゃっ=c…と、金属がこすれる微かな音がした。
 驚き、一気に覚醒したユニカは毛布の端を握ったまま目を見開いて暗闇の天井を凝視する。
 音が聞こえてきたのはこの部屋の向かい。きっとユニカの寝室の扉を開けた音だ。
 アヒムが様子を見に来てくれたのだろうかと思ったが、彼はユニカが自分の部屋で寝ていないことを知っている。キルルもだ。
 では、誰?

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