天槍のユニカ



相続(1)

第2話 相続


 ディルクが遅い昼食をとるというので、ユニカも大人しく同じ席についた。ユニカの昼食は施療院でごちそうになりとっくに済んでいたので、ほどなくして現れたティアナにお茶を注いでもらっただけである。
 エリュゼも同席を許されたのでほっとしつつ、ユニカはティアナがにっこりと笑いながら差し出してきた硝子の杯にディルクから渡された白い薔薇を挿しておいた。
 温室を囲う生け垣のおかげでエリュゼや騎士達には見られていまいが、思い出すと羞恥で頭の中が熱くなるし息が苦しい。
 いや、しかしあれは口づけではないし、なんというか、こう、薔薇がきれいだったからだろう。
 お茶が冷め始めると、ユニカはからからに渇いた喉を潤すためにそれを一気に飲んだ。すかさずティアナがおかわりを注いでくれるその向こうで、ディルクが笑うのを堪えながらこちらを見ていることに気づき慌てて顔を背ける。
 もう機嫌は直ったのか、彼は余裕のある笑みを浮かべたまま野菜の酢漬けと肉が挟んであるパンを手に取った。
「それで、施療院はどうだった? ちゃんと中を見るのは初めてだろう」
 やはり忙しいのだろうか。世継ぎともあろうお方の昼食がそんな粗食だなんて。本人は気にした様子もなくそれをかじっているが。
 ユニカが引き留めたわけではないのだけれど、こんなところでディルクに食事をさせるのがなんとなく申し訳なくなり、せめて彼の質問には素直に答えておくことにした。
「いいところでした。あそこにいればどんなけがも病気もよくなりそう」
「俺もそう思ったよ。シヴィロ王国の施療院の先進的なところは治療の技術や薬の知識だけではなさそうだな。いい意味で患者達をあそこから追い出そうとしている。家や仕事に戻れるだけの体力を早く取り戻させることで」
 確かにと思いながらユニカは頷き、賑わしい施療院の様子を思い出した。
 何人もの尼僧が動ける患者に付き添いながら中庭を散歩していたし、談話室ではそこにおいてあるというフィドルや太鼓を鳴らして大合唱会が開かれていた。静かに過ごしたい者のためには図書室もある。どこの誰の子供か分からないが、僧侶が数人の子供を集めて読み書きを教えていたり、一人で本を読んでいる若者もいたり。
 うつる病の者の病棟はもう少し奥まったところにあり僧医以外は近づけないらしいが、それでも、あそこが人々に生きる力を取り戻させる場所だということはユニカにもしみじみと伝わってきた。

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