天槍のユニカ



目醒めの儀式(19)

 思わずユニカの腕を掴んでから、しまったと思った。彼女は明らかに怯えて肩を竦める。前にもこんな形で怖がらせたのではなかったか――あの時の罪悪感がじわりと胸の内ににじみ出てきたが、ディルクは手の力を緩めただけでユニカの腕を放せなかった。
「……そうか」
「施療院にお礼を持ってきたのだとおっしゃっていました。でも、あの人はもう国に帰ると殿下が言っていらしたと思うのですが……」
 ユニカは力の緩んだディルクの手を怪訝そうに見下ろしつつ、それでもなお解放されていないことに警戒しながら問うてくる。いや、話が違うとでも言いたげにか。
「そうだったな。外交の話だからわざわざ君には伝えてなかったが……彼はもうしばらくシヴィロに滞在することになる」
「しばらく……?」
「それについては今から説明するよ。君の話も聞きたいしな。その前に、俺からの花も受け取ってもらえるか」
 改めて白い薔薇を差し出すと、ユニカはうろうろと視線をさまよわせてから仕方ないというふうに花に手を差し出した。さっきは当たり前のように受け取ろうとしたのを覚えていないのだろうか。
 普通に受け取ってくれればディルクも気が済んだのに、こんな顔では面白くない。ゆえに、ちょっとからかうつもりでユニカが手に取ろうとしていた薔薇を彼女の唇に押しつける。
 すると、驚きながら二、三度忙しなく瞬きをしたユニカの頬がみるみるうちに赤くなった。
 花びらが白く、またユニカの肌も白いので、その朱色はいっそう鮮やかに感じる。その傍で彼女の黒髪の間から覗く青と紫の花――ディルクが贈った矢車菊のイヤリングが、ちゃんとあるべきところに輝いていた。
 捕まえていた彼女の腕も放し、正確にはその手でユニカの左手を捕らえ直し、中指の付け根にイヤリングと同じ形の石の花が収まっていることも確かめる。
(ちゃんと着けているんだな)
 だったら、この娘はディルクが諦めていないことも分かっているというわけだ。
 アレシュに花をもらっても嬉しくはなさそうだし。
 そう思うとつい口の端が緩んだ。
 その満足感とは別に、ディルクは慌てて後退ろうとしたユニカの身体を引き寄せ、頬の朱色に引き寄せられるように薔薇に口づける。

- 956 -


[しおりをはさむ]