天槍のユニカ



目醒めの儀式(18)

 ユニカは戸惑いながらも素直に両手を差し出してきた。おや、受け取ってくれるのか――ディルクは多少意外に思った。これまでは少々強引に押しつけないと何ももらってくれなかったのに。
 それに、せっかくだがディルクはただこの花をユニカに渡したいわけではないのだ。
「さっきの花は誰にもらったんだ?」
 薔薇の花びら越しにそう問いかけると、ユニカは明らかに緊張した。差し出していた手も引っ込めてしまう。
 まるでいたずらを後ろめたく思う子供のように視線をさまよわせ、必死にごまかす言葉を探しているのが見ていて分かる。
 ユニカは「街で売っていた」と言ったが、どうやって手に入れたかは言わなかった。咄嗟に切り取った事実だけをディルクに伝える機転には感心したが、単純すぎてディルクをごまかす方法としては不十分だ。むしろ何かを隠されたことに気が付いてしまう。
 そして、気づいたからには気になるのだった。どうして隠されたのか。
 エリュゼやクリスティアンに訊けばいくらでも真実を知ることは出来たが、ユニカとまともに話が出来るのは久しぶりだ。ようやくカミルが傍にいない時間に会うことに成功したのだから、妙なことを気にしながらユニカと過ごすのも気に食わないと思った。
「そんなに縮こまらなくてもいいじゃないか。ただ、買ったのなら買ったと言うだろうし、そう言わなかったということは誰かに買ってもらった≠フかなと思っただけだよ。――例えば、俺には言えないような相手にでも」
 ユニカがおどおどしながら黙ったままだったので、ディルクは心に生えてきた棘をつい声色にも覗かせる。
 どうせエリーアス伝師あたりだろう。彼とユニカを仲直りさせたのは自分だ。教会に行けばいくらでも二人が会う機会はあるだろうし。
 だが、今さらそれを隠されるのは面白くないうえに、仲を取り持ったディルクを差し置いて二人が頻繁に会うのも面白くなかった。いくら彼らの関係が家族≠ナあってもだ。
 ところが、そう言った途端ユニカの顔色が変わった。青ざめたと言ってもいい。
 彼女はまだしばらく黙っていたが、どうしてか半歩後退った。
「あの、トルイユの人に……」
 それと同時に聞こえてきたか細い声の告白にディルクは目を瞠る。
「トルイユの――アレシュ殿か」

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