天槍のユニカ



目醒めの儀式(17)

「その花は?」
 黙っていたら、ディルクが続けて問うてくる。ユニカはぎくりとしたのを顔には出さないようにしつつ、今さらながらエリュゼに青い花を押しつけた。
 アレシュからもらったなんてとても言えない。ディルクは彼が嫌いなようだし、以前、ユニカが彼と一緒にいたせいでああいうこと≠ノなったのだから。
「街で売っていたんです」
 巧い嘘も思いつかなかったので、ユニカは本当のことだけを答えた。売っていたから買ったのか、買ってもらったのかは、ディルクが想像すればいい。
「……そうか。ところで、内郭へ戻る前に少し付き合わないか。君の生活はこのところずいぶん充実していたみたいだし、そういう話を聞かせてもらえると嬉しいんだが」
 ディルクは気のいい笑みを浮かべたが、そう言って引き留められるのは彼が自分の答えに満足しなかったからだとユニカは直感的に悟った。


 エルメンヒルデ城の外郭は大きく二層に分かれており、内側の外郭には趣の違う大小の庭園や温室があった。薬草園や菜園を兼ねた田舎風≠フ庭もあれば、薔薇だけを敷き詰めた宝石箱のような温室もある。
 ディルクが選んだのは後者の温室の一つだった。夜の寒気から守られ、来月に盛りを迎えるはずの初夏の薔薇がすでに満開だ。今日のような天気の日には風も通されて心地よく、王城に出入りする貴婦人達がおしゃべりを楽しむにはうってつけの椅子とテーブルも並べられている。
 とはいえ、王妃も王女もいないシヴィロ王国の宮廷では、そういう女の集いが開かれる機会を失って久しい。満開の薔薇に抱かれてお茶を楽しめる温室には誰もいなかった。
 温室はプリペットの生垣に囲われているから人目も避けられるし、何よりこの狭さがいい。ユニカは内郭の温室にある蔓薔薇の四阿を気に入っているようだったので、それをそのまま温室にして足許にも薔薇を敷き詰めたようなここも好きだろうと思った。
 ディルクの期待通り、自分達が埋もれてしまうのではないかと思うほどの薔薇に囲まれたユニカは目を丸くして感嘆の溜め息をもらした。
「いいだろう。小さいせいで見落とされているのか、あまり人も来ないみたいだ」
 一緒に温室へ入ろうとしたエリュゼとクリスティアンを視線で制し、ディルクはうっとりすらしているユニカを薔薇の茂みのさらに近いところへ誘った。そうして二人の腰より少し低いところに顔を並べていた真っ白な花を一輪、摘み取ってユニカの鼻先にかざしてやる。

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