天槍のユニカ



目醒めの儀式(13)

「もう少し中でお待ちになりますか」
 エリュゼは気を遣ってそう言ってくれたが、ユニカは首を振った。春らしい陽気が心地よいし、賑やかで和やかな人々の様子を見ているのも悪くない。
 ブレイ村にこれほどたくさんの人間はいなかったが、それでも、ユニカもかつてはこういう営みの中にいた。そう思った時かすかに胸は痛んだが、それよりも強く懐かしさの方が湧きあがってきた。
 懐かしい――悲しいより、懐かしいなんて。
 これまで、片方の皿があまりに重く振り切れていた天秤が、またゆらりと動いた。
 そんなかすかな感覚に驚きつつ、ユニカは広場の中で見つけたものについ口許を緩めた。
「お花も売っているのね」
 そう呟くと、エリュゼも広場の中をきょろきょろと見回し、籠いっぱいに詰めた花を売り歩いている少女を見つけたようだ。
「もうすっかり春ですものね。何かお買い求めになりますか?」
「そうね……」
 温かくなり、王城のそこここの庭園、温室でもとりどりの花が咲き始めているから、ユニカの部屋にもよく花が飾られるようになってきた。しかしたまには、ああいう野花を愛でるのもいいだろう。
 何本か買ってきて貰おう。そう思った時、
「ならばぜひ、私に贈らせてください」
 不意に声をかけてきた青年を、ユニカとエリュゼはきょとんとしながら振り返った。
 彼は今し方自分の馬車を降りてきたらしい。すぐ近くに六つ星の紋章を描いた車が停まっている。
 にこやかにお辞儀をする青年の顔を確かめるなり、ユニカは凍り付いた。
「トルイユの……」
 唸るようにそう言ったのはエリュゼだ。彼女もどこか警戒した様子で、さりげなくユニカと青年の間に割って入った。
「驚かせてしまいましたね。見知ったお姿があったのでつい」
 微笑みながら彼が首を傾げると、癖のある栗色の前髪が愛嬌のある目許にかかる。
 隣国トルイユの全権大使として新年の参賀に訪れていたかの国の摂政の息子――アレシュだ。

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