天槍のユニカ



目醒めの儀式(12)

「わたくしに特別な知識はございませんから、その日に手が足りていないことをいろいろと。リネンの交換もすれば食事の配膳や掃除もいたしますわ」
「……そういう仕事しかないのかしら」
 どれも一緒に働く人と息を合わせねばならない作業な気がして、ユニカの声はつい低くなった。いや、掃除なら任されたところを黙々ときれいにすればよいだけだからまだ……。
「縫いものでしたら、布と作るものの型紙があればお城の中にいらっしゃっても出来ますわ。院長様もご配慮くださるでしょう。ユニカ様がご興味を持ってくださったことは嬉しく思っていらっしゃるはずですが、毎日訪ねてきて欲しいかというと、そうではないと思いますもの」
「そうなの」
「身分の高い方をお迎えするのは大変ですから」
 エリュゼがしみじみとそう言うので、ユニカは相槌も打たなかったもののなるほどと思った。
 ユニカは一応エルツェ家の娘という立場に収まっている。そんなユニカが外出するにあたっては騎士を二、三人引き連れて行くことになるし、今日だって院長のオーラフが出迎えをしてくれた。ユニカが望んだことではないが、エルツェ家の姫君を接待するにはそれくらいの形式が必要なのだろう。
 じゃあ、部屋で出来る仕事がもらえるかも知れない。それなら安心だが、久しぶりに『誰かのためにやるべきこと』を与えられる予感は、やはりユニカを落ち着かせてはくれなかった。
「それにしても、遅いですわね。出口が混んでいるのかしら」
 面白くなさそうにエリュゼが見渡す施療院の門前広場を、ユニカも茫洋と眺めた。
 混んでいるといえば混んでいよう。昼を過ぎたばかりのぽかぽか陽気に包まれた広場は『王の道』に向かって開けた半円形で、多種多様な見世棚が整然と並んでいた。そこへ集まる人々の顔と姿も色々だ。
 王都へ入ってきた者、出ていく前に最後の買いものをする者。子ども達も走り回っているし、噴水の縁に座って長いこと談笑している老人と尼僧もいたりする。
 施療院を訪ねてきた者の馬や馬車を停めておく場所は施療院の北側にあり、この広場の一角から施療院の敷地に入っていかねばならない。出てくるときも然り。
 ユニカ達は施療院の玄関先から広場を眺め、クリスティアンらが馬車を連れて戻ってくるのを待っていた。

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