天槍のユニカ



目醒めの儀式(11)

 貴族社会に関することを一から百までとにかく覚えろというのが新しい養父エルツェ公爵からユニカに下された命令で、それを教えろと言われたエリュゼもどこから手をつけていいのか分からなかったらしい。それで、結局はエリュゼが思いついたことから、あるいはユニカが関心を持ったところから、地道に教わっているところだ。
 それでも授業は授業。ユニカにとっては毎度覚えることばかりだし、うんざりする話も多いので楽しいだけの時間ではない。ただ、エリュゼが相手なので緊張しなくて済むから貴重な時間だった。
「いえ、そうではなく……施療院で何かしなくてはとお思いになってくださるのは嬉しいのですが、これからはいくらでも時間があるのですから。少しずつご興味のあることを見つけていってくださればよいのですよ」
 ところが、エリュゼがどこかに苦々しい思いを隠しているような笑みを浮かべてそう言うので、ばつが悪くなったユニカは肩をすぼめながら顔を逸らした。
「ちょっと聞いてみただけよ」
 多分、エリュゼは以前にした自分の発言がユニカを焦らせていると感じているのだろう。
 亡き王妃がユニカに施療院を託そうとしていたという話も覚えているが、ユニカは何もそんな大それたことを目指し始めたわけではなかった。ただ、エリーアスが施療院にはたくさん仕事があると言っていたから。
 だが、ユニカが自分にも出来る仕事はないかと尋ねた時のオーラフが無邪気に瞳を輝かせたのは忘れられない。彼も長い時間を王妃とともに歩んできた彼女の同朋だ。いよいよユニカが施療院に関心を持ってくれたのが嬉しかったのだろう。
 ユニカが慌てて「縫いものくらいなら出来ると思う」と付け足しても、彼の満面の笑みは崩れなかった。結局、院長は何か考えておこうというあたりで済ませてくれたのだが。
 思い出すだけでそわそわしてしまう。どんな仕事を任されるだろうかと気になって仕方がない。出来れば一人で黙々とやれることがいいのだが……その希望も伝えてくるべきだっただろうか。
「エリュゼは……施療院でどんな手伝いをしているの」
 もじもじしながら尋ねるユニカを見て、エリュゼの視線は束の間妹でも見つめるかのようにあたたかくなる。自分から手伝いを申し出たものの、ユニカが不安に思っていることなどお見通しのようだった。

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