天槍のユニカ



目醒めの儀式(10)

「そうだと言いたいところですが、実は違うのです。施療院というのは、ご存じの通り教会が天の主神の教えの下で弱き人々を救うために設けているもの。今でこそ治療の場ですが、かつては貧しい人々が病になった時、最期に束の間の安息を得る場でした。ですが、さる姫君が病の者には薬と医師を、と、それを患者達に提供するためのまとまった資金を持ち込んでくださったのです。それが、エルツェ家へ降嫁なさったリーゼリテ王女でした」
 ユニカはぴくりと肩を震わせた。自分に与えられたもう一つの名前を耳が覚えてしまったらしい。
 ――リーゼリテ。
 王族の籍に組み込まれた時、ユニカに与えられた名前だ。エルツェ家に嫁いだ姫君だとは聞いていたが、施療院とも繋がりがあったのは今初めて知った。
「それ以来、代々のエルツェ公爵夫人は施療院の運営に何らかの協力をしてくださっています。ヘルミーネ様もですし、王妃様は、まだ十歳やそこらの幼い時分にお祖母様に連れられてここへいらしたのが最初です。アマリアの施療院は特に、エルツェ家の女性達とともに歩んできたと言ってもよいでしょう」
 まぶたを伏せてそう遠くない昔に思いを馳せるオーラフの声には、施療院に出入りしていた活発な姫君を懐かしむ響きがあった。それはユニカに向けられたものではなかったが、胸にじんわりとした熱を生むには十分だった。
 思わず膝の上で拳を握る。今日は覗くだけ、と思っていたが、気づけばユニカは口を開いていた。
「あの、院長様に、ご相談が」
 少し驚いた様子でオーラフが見つめ返してくるので、ユニカは言ってしまってから後悔した。


「あまりお急ぎにならなくてもよろしいかと思いますが……」
 オーラフと別れ、帰りの馬車が門前まで迎えに来てくれるのを待っている時。さっきから何か言いたげだったエリュゼがぽつりと呟いたので、ユニカは怪訝に思いながら彼女を振り返った。
「別に急いでいないわ。今日はもう予定がないし」
 厳密には、城へ戻ったら宮廷のあれこれに関する授業がある。しかし、その教師はエリュゼだった。授業といっても体系だった教科書はなく、エリュゼがユニカに教えたいことを話したり、稀にユニカが尋ねたことについてエリュゼが応えたり、傍目に見れば二人がつらつらと喋っているだけに見えるようなものだ。

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