天槍のユニカ



目醒めの儀式(9)

 そして、その日もめげずに「施療院を覗くだけでも」と誘ってきたヘルツォーク女子爵の言葉に、ユニカはどきどきしながら頷いた。「まずは覗くところから始めないと」と思っていたところだったので。
 そして今日の訪問となったわけだ。
 ところでユニカを誘った当のヘルツォーク女子爵はいない。大学院での講義の日だそうだ。それでも快くユニカの訪問に対応してくれたオーラフは、疲労の色を隠せず座ったユニカの前にお湯で割ったコーディアルを運んできた。つんと酸っぱい香りに薔薇色の液体、中にはミントの葉が沈んでいて、さっぱりした味が緊張で強張っていた身体にしみ渡る。
「いかがでしたか。時間があればもう少しゆっくりとご案内出来たのですがね」
 同じコーディアルを注いだカップを両手で揺らしつつ、オーラフは気遣わしげに訊ねてきた。恐らく、ユニカが施療院に近づいた最初の日に具合を悪くしたのを知っているのだろう。
 けれど今日のユニカは不思議なことにけろりとしていた。疲れたのは見知らぬ人々とすれ違いすぎたからで、あの時≠フように立っていられなくなるような息苦しさは感じない。薬の匂いに一瞬ぎくりとすることはあっても、それだけだった。
 多分、ここには死の気配がないからだ。それどころか、常に陽射しのぬくもりを含んだ風が通り抜けているような穏やかさがあった。
「こんなふうに感じるのはおかしなことかも知れませんが、とても賑やかでした」
「賑やか?」
「具合の悪そうな方も、痛そうにしながらけがの手当を受けている方もいらっしゃいましたけれど……なんだか、どの部屋も明るくて、」
 ほんの数ヶ月前のユニカよりずっと生気に溢れている者が多かった。看護を手伝う人々はもちろん、寝台の上に身体を横たえている者さえ。そういう病室だけを見せられたのかも知れないけれど……。
 上手く言い表せないままユニカの言葉は途中で切れたが、それを聞いたオーラフは破顔した。
「エルツェ家の姫君にそうおっしゃっていただけるのは光栄です。ここがこのような場所になったのはエルツェ家のおかげでもありますから」
「それも、王妃様のなさったことですか……?」

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