天槍のユニカ



目醒めの儀式(8)

「隠れてご覧にならなくてもよろしいのに」
 笑ったのは、ユニカの後ろをついて歩きながら施療院を直々に案内してくれている院長のオーラフ導師だった。亡き王妃が兄のように親しんでいたという僧医でもあり、養父アヒムにとっては同族の先輩、あるいは師といえる人物でもある。
 ユニカは気恥ずかしさを堪えて扉の影から出ることにし、病室に並ぶ寝台のシーツを取り替える女達の様子を観察した。彼女らの動作は素早く、二人一組になって二分とかけずに寝台を清潔にしていく。
「こういう作業をしてくださるのは近くに住む女性達です。彼女らがいなければとても施療院の仕事は回りません」
 ほう、とユニカが感嘆の息をついているうちにこの部屋での作業が終わり、四人の女達は古いシーツと新しいシーツをそれぞれ籠に入れ、オーラフに挨拶しながら隣の病室へ入っていった。
「昔から善意のお手伝いはあったのですが、今のように体系的に仕事の種類をまとめて、そうした手伝いの手を適材適所に割り振るようになったのは王妃様が提案なさった仕組みなのですよ」
「そうなのですか……」
「ええ。どんな仕事があるのか分かりづらい、手伝いたいと言っている人間にもっと分かりやすくしろ、などとおっしゃって。さて、そろそろ事務室へ戻りましょうか」
 ユニカは頷き、踵を返したオーラフについていく。その後ろにはエリュゼが続いた。
 エリュゼは今でも暇を見つけては施療院の仕事を手伝っているそうで、王妃と一緒にここへ出入りしていたこともあり、オーラフとはかなり前からの知り合いだった。ユニカがいよいよ施療院を訪ねてくれたので、口には出さないながらも嬉しそうである。そして浮かれて余計なことを言わないようにとでも思っているのか、ことさら無口だった。
 大勢の人とすれ違い挨拶されながら事務室へ戻ると、そこはようやく静かな空間だ。食事時には食事の用意以外にもやることがあるので(例えば患者がいない間のシーツ交換だとか)、事務を担当する僧侶も手伝いに出払っているそうだ。
 院長のオーラフも本来ならばこの時間を利用して患者達に声をかけて回り彼らの具合を診るのだそうだが、今日はユニカのためにそれをほかの僧侶に任せておいてくれたらしい。
 そのオーラフと初めて挨拶を交わしたのは三日前。パウルに呼び出され、それ以前のお茶の誘いと同じように彼のもとを訪ねたら、ヘルツォーク女子爵とともにオーラフがいた。ユニカはまたもやパウルのだまし討ちによって顔見知りの数を増やされたのだ。それでもほこほこした笑顔で悪びれもなく挨拶してくるので、ユニカはあの老僧のことが嫌いになれない。

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