天槍のユニカ



目醒めの儀式(6)

 そういう自由のきく手駒だから、食事の打ち合わせなどで手を煩わせることはしたくないのだ。
 が、だからこそ悩ましい。ディルクは昼を食べられないまま仕事をするのは嫌だし、ティアナも自分が完璧に整えてきたものが崩壊するのを見たくない。
 二人は机越しに向かい合って声もなくそれぞれに思案した。エイルリヒが見ていたら「仲よくしている」と見なして一方的にディルクを攻撃してくるだろう。多分、その辺にあるクッションを振り回して物理的に。
「不安はあるが、しばらくはカミルに任せるしかないな。鍛えられるか、失敗してくびになるかはあれ次第だ。むしろ将来も俺の側近として働けるかどうかいよいよ判断する時期が来たということだろう」
「殿下がそうおっしゃるのでしたらそのように。ですが、正式な秘書官をお定めになることもおすすめいたしますわ。カミルの手違いで殿下が大きな失敗をなさることがないように」
「それも考えておく」
 頬杖をついたまま適当に頷き、ディルクはなおもペンを回しながらティアナを見つめた。
 ティアナならエイルリヒを御せる妃になるだろうし、エイルリヒもティアナを熱烈に望んでいるので二人はよい伴侶になると思う。
 シヴィロ王国はともかく、ウゼロ公国では能力さえあれば女でも官僚の地位に就いている。ティアナは政界にいるそんな女達を束ねることも出来るだろう。そうして得た力をエイルリヒのために使うのか、王家と大公家の均衡(バランス)のために使ってくれるのか、正直なところ分からない。
「何か?」
「いや、お前がエイルリヒのところへ嫁げば王家と大公家を繋ぐ役目を果たしてくれると陛下には言ったが、実際はどうなるだろうな」
 問いとも呟きともとれるディルクの言葉に、ティアナはゆったりと微笑むだけである。
 野心をちらつかせたその笑みを見るにつけ、ディルクものんびりしていられないなと思うのだった。
 その時、執務室の扉が激しく叩かれた。
 返事をする前にカミルが転がり込んで来て、彼は主人たるディルクにぺこりと頭を垂れるものの、ほとんど無視同然で飛びつくようにティアナの両肩を掴んだ。

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