天槍のユニカ



目醒めの儀式(3)

「ティアナにも縁談があるという噂を聞いたわ」
 おや、誰からもれたのだろう。そう思いつつ、ティアナは曖昧に笑い返した。
「ええ、まあ。……けれどまだ……」
 公にするのは先のことだ。そう言うまでもなくクリスタは大きく頷いた。
「分かっているわ。話を広めたりするつもりはないの。でも……あなたまでいなくなってしまったら殿下のお暮らしが少し心配ね。わたしがいなくなるよりずっと大変なことだわ」
「あら、なぜ?」
「だって、カミル様は少し頼りないもの」


 執務室へ戻ってくるなりティアナが溜め息をついたので、ディルクは書きものの手を止めて首を傾げた。
「どうかしたか?」
「どなたからか、わたくしの婚約の件がもれているようですわ」
「そうか……公表前とはいえ正式な手順を踏んで届いた話だからな。『あの人には先に伝えておこう』なんて余計な気を回す人間もいるだろう」
「クリスタが知っているのなら、もう十日もしないうちに城中の侍官や召使い達が知ることになるでしょう」
 クリスタが特別噂好きなわけではないが、王城に出入りする人々は身分の貴賤を問わず噂をおやつにしている。王太子の侍女であるイシュテン伯爵令嬢の嫁ぎ先が決まったらしいという話は、今日もどこかのお茶席でビスケットと一緒に皿に配られるだろう。
 相手がウゼロ大公の継嗣エイルリヒだということが知れ渡るのは、まだ先になるだろうけれど。
「それから、クリスタは殿下のこともご心配申し上げていましたわ」
「俺の? なぜ」
 未来の大公妃は物憂げに、再び溜め息をついた。
「わたくしがお役目を退いたら、殿下の身の回りのお世話を取り仕切る者がいなくなるからと」
「いや、……それはカミルの仕事なんだが」
 新人のクリスタにさえ心配されるほど、そしてティアナが侍女達とカミルの仕事をまとめあげねばならないほど、王太子の侍従は経験の長さに反して頼りなかった。

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