天槍のユニカ



単純な願いの隣(1)

第14話 単純な願いの隣


 『信仰の橋』を一人で渡りきり、ユニカは三つに分かれる廊下の先を順繰りに見遣った。一方は橋からまっすぐに進む廊下で、もう一方は右手へ折れてゆく廊下。最後に左手へ続く廊下。
 みんなどこかで夕刻の祈祷の準備をしているのか、先日とは打って変わって橋を渡る僧侶の一人もいなかった。施療院がどちらにあるか訊くことも出来ず、ユニカはしばし途方に暮れる。
 けれど、ここで引き返すのももったいない話だ。あんなに大きな決断をして『橋』を渡ってきたのだから。
 この間、ここで正体をなくしてディルクに運ばれた時のことを思い出す。あの時は、確か廊下をまっすぐ進んですぐ右手にあった扉の中へ入ったはず。その部屋の窓から中庭が見え、中庭の先に見えていたのが施療院の一画だとパウルが言っていた気がする。
 ということは、右に行けば施療院に入れる可能性が高い。
 ユニカは胸の前で両手を握りしめ、先日のように自分が倒れてしまわないことを確かめた。大きく吐く息はわずかに震えたが、それだけだ。
(エリーを見つけられなかったら、黙って帰ればいいだけ。大丈夫)
 まじないの言葉を最後に呟き、ユニカはそろりと爪先の向きを変える。
 歩いて行くうちに床石の組み方や色が変わり、廊下の窓もより大きくなめらかな半円を戴いたものが列び始めたころ、不意に様々な薬草の混じった匂いが鼻腔をくすぐった。
 懐かしくもあるその香りにユニカはすくみあがった。心臓がきゅうっと縮み、喉を氷塊が滑り落ちていくような心地を覚える。
 違う。これはただの薬の匂い。ここはブレイ村ではない、誰もユニカを追い詰めたりしない。
 頭を振って恐怖を振り払い、青ざめながらもユニカは再びよろよろと歩き始めた。今誰かに出くわしたら迷い込んできた病人だと思われるだろう。心の中でそんな冗談をこぼしつつ、まるで光を求めるように窓から射す西日をたどって薬の匂いが濃くなる方へと歩いて行く。
 ところが、そんな静謐な空気は突如として打ち消された。ユニカの前方にある廊下の角から小さな子供が二人、じゃれ合う子犬のように飛び出してきたのだ。追いかけ追い抜き、互いのことしか目に入っていなかった彼らはびっくりして足を止めたユニカがよける間もなくどーんとぶつかってきた。

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