天槍のユニカ



羽の海(9)

 無心になっていたエリーアスははたと我に返り、箒に寄りかかるようにして溜め息をついた。
 何も考えずに済んでいたのなら、掃除を命じたパウルの思い通り。しかし、このまま何も考えずにいられるほどエリーアスは脳天気ではない。
 ユニカからいつか真実≠聞く時、たとえそれがどんなに酷な話でも、もう少しうまく受け流して今度こそユニカを本当の意味で慰めてやれると思っていたのに。
 なのに、昨日のエリーアスが口にしたのは拒絶の言葉だった。「聞きたくない」と――。
 震えながら話すユニカの声が耳の奥にこびりついていた。その声は、エリーアスの記憶の中にあるブレイ村の風景を、従兄や彼の幼馴染み、村人達の顔を思い出させた。
 雷霆が彼らを引き裂き、村が炎に沈んでいく。エリーアスが目にしたのは焼け残った黒い瓦礫の群れであるはずなのに、光と熱がすべてを呑み込んでいく光景を目の前に見ているような苦しさに襲われる。
(やっぱり、あの時……)
 最後にブレイ村を訪れた時、村を出るようもっと強くアヒムを説得すればよかった。
 自分の役目は村を守ることだというアヒムの言葉は確かに正しかっただろう。しかし、その正しさが何を守ったというのか。
 そんなことを思うと、エリーアスが大切にしていた者を守ってくれなかった天の主神の教えが憎たらしくなる。何だって自分はその神の家の掃除などやっているのだろう。
 エリーアスはあたりに響き渡りそうなほど遠慮なく舌打ちし、それでも師父の顔に泥を塗るわけにはいかないので再び箒をふるい始めた。椅子の間から掻き出せる塵は自分の雑念だと思うことにして、八つ当たりのようにがさがさと床を掃いていく。
「エリーアス伝師、お客様ですよ」
 そこへ声をかけてきたのは、新人達の教育を担当する導師である。今は大聖堂の清掃を監督している。
 導師はエリーアスより歳も位も上で、大導主に仕えながら罰掃除を命じられるような乖乱を働いたエリーアスのことが一瞬で気に入らなくなったらしかった。刺々しい声には、エリーアスも不機嫌な表情でもって応じる。
「そんなに乱暴にしては埃が散らかるばかりではありませんか」
「ちゃんと集まるように加減しています」

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