天槍のユニカ



羽の海(8)

「本来、その役割を果たすはずのエリーアス伝師はどちらに?」
 その問いに、パウルは苦笑するしかない。
 ディルクの言うとおり、エリーアスの役目はパウルの声≠方々へ届けること。
 そのためには常日頃からパウルと意思疎通を図る必要がある。ゆえに、特定の導主に仕える伝師は秘書的な仕事をすることもあれば(その類いの仕事がまったく不得手のエリーアスなので、彼の弟子のフォルカがパウルの事務仕事を補佐している)、身の回りの世話もこなしたりする。
 エリーアスは僧侶として教会に入る以前から、導師の子弟を教育してきたパウルのもとで学んでいた。正式に僧籍を得てからもパウルの傍で仕事をしていたことが多く、傍付きに指名してからは、彼の実の親より多くの時間をともに過ごしたといえるだろう。
 もともと人懐こく面倒見のよい性格だったのもあり、エリーアスはパウルの世話を焼いてくれた。歳を取って脚が弱ってきてからは、大雑把なようで気の回るエリーアスの存在には本当に助けられている。
 用を言いつけたわけでもないのに彼が傍にいなくて、たった半日と少しのこととはいえ、パウルは急に寂しさを覚えた。
 しかし、子供の頃ならいざ知らず、エリーアスは教会の中でもそれなりの地位を築いている僧侶だ。パウルが頭を撫でて慰めるだけで済ませるわけにはいかないのだ。
「あの子には、大聖堂の掃除を手伝うように命じてあります」
 それでもついあの子≠ニ呼んでしまうことにパウルは苦笑したが、ディルクにはその理由が分かろうはずもない。
「掃除? ……それは、何かの例えですか?」
 目を丸くするディルクに対して、パウルはやれやれと息をつきながら首を振った。


 参拝者が立ち去った大聖堂には空虚な静けさがあるのみだ。エリーアスは無音の聖堂にふさわしく無言で箒を動かし、数百と並ぶ長椅子の間を掃き清めていく。
 大祭壇の周りには年若い僧侶を中心に二十人ほど、たくさん供えられた花や供物を取り替えたり、あるいは祭具を拭いたり埃をはらったりしている。彼らは見習いの僧侶か見習いに毛が生えたくらいの僧侶で、神の道に仕え始めて日の浅い者達だ。エリーアスはあえてその輪から遠ざかっていた。
 僧侶の世界というのは、厳格な階級社会である。上役でもない位の高い者が新人の中に混じっていると、ひよっこ達はやりにくい。案の定、エリーアスを自分達の仕事にどう組み込んでよいのか分からなかった彼らが戸惑う顔を見せたので、エリーアスはつべこべ言わずに箒を一本もらい、一人でやれる仕事に取りかかったのだった。

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