天槍のユニカ



羽の海(7)

「そうかも知れません。……ユニカは教会堂へ立ち入ることにさえ怯えていました。私もその時に引き返させてやればよかった。それでも、手を引けば彼女は進めるようだったので……猊下にお会いした時も、彼女は確かに懐かしく思っているようでしたし、」
 ディルクはパウルの胸を痛める事実の上にそっと布を被せるような言葉も加えてくれる。しかし、パウルはあえてその言葉を遮った。
「よいのです。これは私が気に病んでいるだけではなんにもならぬこと。ユニカ様に詫びねば、殿下からどのようにお慰めいただいても仕方がありません」
「そのように考えていらっしゃると分かって安心しました。……ユニカはお二人の胸に傷を負わせるような真似をしました。しかし、彼女の方からお二人に歩み寄れというのは――猊下のお気持ちを分かっていても酷なことです。ですから、どうか、猊下の方からユニカを許してやっていただけませんか」
 その言葉は、パウルの喉に詰まっていた硬い痛みをほっと和らげてくれた。
 ユニカを許す≠ネど、とても自分からは言えない。許して欲しいのはパウルの方だったから。昨日のことも、あの夏≠フことも含めて。
「私が得た驚きと悲しみなど、ユニカ様が抱えていらした孤独に比べれば些細なことです。しかし、それがユニカ様ともう一度お話しする、私があの疫病のさなかで見聞きしてきたことをお伝えする機会になるのであれば、いくらでもユニカ様の懺悔を受け入れ赦して差し上げましょう。むしろ、それが私の本職でございます」
 最後にちょっとした笑いを含めてパウルが答えると、それまでも穏やかに見えていたディルクの表情にじわりと広がるものがあった。
 ちょうどお茶が運ばれてきたので、二人はほんの短い間、それをすすって無言になった。
 沈黙の中、パウルはちらりと疑問に思う。
 王太子は、なぜここまでしてくれるのだろう、と。
「とはいえ、私にユニカ様とお話する心づもりがあっても、ユニカ様は私にお会いくださるでしょうか」
「それは心配ないでしょう。彼女は口で言うほど人のぬくもりを疑ってはいません。本当に猊下のことを突き放すつもりでいるなら、あんな話もしなかった。猊下、どのような形でも構いませんので、ユニカに便りを出してやってください。私が責任を持って取り継ぎます。――ところで、」
 何かを知っているふうな口ぶりで断言したあと、ディルクはおもむろに部屋を見回した。少々わざとらしい仕草で。

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