天槍のユニカ



羽の海(6)

 過去に魂を攫われてしまいそうになるのは、パウルも同じだった。
 ブレイ村より戻った王妃からアヒムの死を伝えられた時のことは、心も身体も覚えている。どこかへ突き落とされたように四肢の感覚が宙に浮き、立っていられなくなるほどの衝撃と悲しみ。
 それでも、あの時、パウルの傍では王妃もエリーアスも一緒になって涙を流してくれたし、アヒムやブレイ村の人々の葬儀を執り行うことが出来たので、パウルの気持ちは整理されたのだと思う。
 だから、過去に吸い寄せられそうになってもパウルはすぐに現実へ戻ることが出来る。
 ユニカにはそれが出来ないまま、八年もの歳月を独りで過ごしてきたのだ。知っていれば、ともに涙を流してやれたものを。
 そう思うが、ユニカが誰にもあの日≠フことを語れなかった心情も理解出来た。
 人間というのは、己の非を認めるのに大きな勇気を要するものだ。まして、自分の愛する者を自らの手で滅ぼしてしまったと思っていたのなら、あの時たった十歳だった少女が誰に真実を打ち明けられよう。
「それで、殿下はなぜ私をお訪ねになったのでしょうか?」
 用件は昨日のユニカの話にまつわることだろうと見当がついていた。しかし、まさかユニカは元気だと伝えに来ただけではあるまい。
 昨晩、王太子が王城へ戻らなかったということは、彼に課せられた公務を大なり小なり放棄したということだろうから。
 パウルはそこまでしてくれたディルクを、期待を込めて見つめずにはいられなかった。
 ユニカの話を聞き、少なからず衝撃を受けたであろう、けれどどこまでも当事者ではない彼なら、パウルより、エリーアスより、ずっと感情の呪縛から自由でいるはずだ、と。
 ディルクにはパウルのそういう思いが察せられたのだろう。老僧を労るような笑みを浮かべた彼は淡々と話し始めた。
「ユニカがあのような形で真実≠明かしたことで、お二人にはいたく傷つかれたことでしょう。あれはいわば未必の故意。ユニカにも、きっとお二人を傷つけるかも知れないと分かっていて話したことのはずです」
「――だとしても、そうさせたのはこの私でしょう」
 ヘルツォーク女子爵の求めに応じ、ユニカを施療院へ連れて行こうと決めたのはパウルだ。エリーアスは止めたのに――正直、甘く見ていたというほかない。
 大丈夫だと思った。彼女を受け入れる者がいるのだと教えてやることが出来れば。

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