天槍のユニカ



羽の海(5)

 さして長くはない祈祷が終わり、礼拝に来ていた人々がささやかな捧げものをもって祭壇の前に列をなした。導師達が聖句と香炉の煙とを彼らに振りかけながら捧げものを受け取っている。その様子を見守っていたパウルは、ふと視線を感じて群衆の顔を検める。
 そして、聖堂をあとにする人々の流れから外れたところに、ぽつんと佇んでいる王太子の顔を見つけた。彼の隣や背後には騎士と思しき若者が三名、ぴたりとくっついているが、それ以外に護衛は見当たらない。
 なんと大胆なことを。
 パウルは若者の行動に呆れながらも、ユニカの秘密を分かち合った者が訪ねてきてくれたことに安堵を覚えた。
「あちらにいらっしゃる金の髪の御仁を、私の執務室へお連れしなさい」
 近くにいた僧侶に命じても、彼は王太子を王太子と気づかなかったようだ。それも無理ないほど、くだんの青年は礼拝に来た貴族のような顔で堂々としており、少しもお忍びの王族には見えなかった。
 彼を連れてきた僧侶がパウルの挨拶によってその正体を知り、ひっくり返りそうなほど驚いても、王太子はどこ吹く風である。
「騒がず、お茶をお持ちするだけでよい」
 まだ平静を取り戻せずにいる僧侶を静かに送り出すと、パウルはディルクと一緒に腰を落ち着けて向かい合った。王太子を守っていた騎士達も別室に入ってもらったので、彼らの話を聞く者はほかにいない。
「大変驚きました。まさか殿下がお一人で訪ねていらっしゃるとは。お城から降りておいでに?」
「いいえ、エルツェ家の屋敷にもう一晩ご厄介になりました。あのような状態のユニカを置いて帰るに帰れず……公爵や夫人に事情を話すのも憚られることでしたし」
 いささかもためらうことなく昨日の出来事を引き合いに出すディルクを、パウルは苦々しい思いで見つめる。
「ユニカ様はどのようなご様子でしょう」
「猊下がご心配なさっているよりは元気にしていますよ。今朝方にはちゃんとお腹も空いたようで、用意してあった夜食にも手をつけていましたし」
「……それはよかった」
 ほっとする反面、過去に魂を攫われたように虚ろな目をしているユニカが思い出されて、パウルはうまく微笑むことが出来なかった。

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