天槍のユニカ



羽の海(2)

 エリーアスは何が気に入らなかったのかフォルカには分からず、部屋をめちゃくちゃにする暴力の嵐を巻き起こし、自分の職務をすべてほっぽり出して、力尽きたようにうずくまっている師に何を言えばよいかも分からなかった。
「どうして、アヒムがあんな死に方をしなくてはいけなかったんですか」
 しばらく続いた沈黙の末に、エリーアスは地の底から這い出てきたような声で呟いた。
「アヒムは悪くない。お前も、ユニカ様も」
 それに応えるパウルの声はやはり穏やかで、けれど、再びエリーアスの頭を撫でようとする手はかすかに震えている。
 今度は振り払われない。しわの刻まれた温かな手は、うつむいたエリーアスの髪を愛しげに撫でた。
「そんなことは分かってます。だけど、だったら、なんで……」
 エリーアスは片膝を抱いた格好で己の腕を掻きむしるように法衣の袖を握りしめる。
「お前がそうして悩むのは、誰かのせいにしてすむことではないと分かっているからだろう。しばらく頭を冷やしなさい。私の世話はよい。礼拝が終わったら大聖堂の掃除を手伝うこと。……それから、部屋は自分で片付けるように」
 エリーアスは片膝を抱えたまま頷きもせず、パウルの言葉を聞いているのかも不明である。
 ところが、パウルはそんな弟子を叱らなかった。重たい正装を引きずるようにして立ち上がると、フォルカを伴って散らかった部屋もうずくまるエリーアスもそのままに部屋をあとにする。
 もう礼拝が始まるまでいくらも時間がない。フォルカは少し急ぎ足で歩こうとするパウルがよろけないように支えてやりながら一抹の不安を覚えた。
 エリーアスは弟子のフォルカから見ても少々問題のある――平気で寝坊をすることがあったり、たしなむ以上にお酒を飲んだり、門限までに帰ってこなかったりする――師だったが、この道に入った時からパウルの庇護下にあり、伝師としては最も高い位階を持つ実力者だ。
 寝坊されるのはいただけないが、権威に庇護されたエリーアスの下につくことが出来たのは、フォルカにとっても幸運なことであった。
 しかし、エリーアスがパウルに見放されたりすることもあるのではないだろうか。
 パウルは穏やかで闊達な気性の持ち主だったので、エリーアスが多少決まりを破っても厳しく叱ることはなかった。(フォルカにはそれが不満だったが)けれど、今日のパウルはいつもと少し違う気がした。エリーアスもだ。

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