天槍のユニカ



羽の海(1)

第12話 羽の海


 師の部屋を訪ねたフォルカは、ノックをしても返事がなかったことに怯えつつ扉を開けた。そして、まるで物取りに押し入られたように散らかった室内を目の当たりにして息を呑む。
「どうかね?」
「は、はい、あの」
 パウルの問いにどう答えるか迷っていると、大導主は溜め息をつきながら首を振り、フォルカに中に入るよう促してきた。
 一言でいうと「ひどいありさま」の室内を見てパウルがどんな顔をするか。考えただけでフォルカの方が申し訳なくなり、彼は縮こまりながらエリーアスの部屋に脚を踏み入れる。自分が先に入らないと、脚の悪いパウルが床の上のものにつまずきかねなかったので仕方がない。
「エリーアス……」
 部屋の主は寝台の傍でうずくまっていた。フォルカが彼を取り囲むように散らかっていたものを除けてやると、パウルは悲しげに弟子の名を呼びながらその前に膝をついた。
 老僧は泣いている子どもを慰めるようにエリーアスの黒髪を撫でるが、エリーアスはその手を払いのける。それでも、パウルは穏やかに、それでいて毅然とした態度で言葉を続けた。
「勤めを投げ出してよい理由になどならぬ。人から与えられたものを壊してよい理由にも」
 身じろぎ一つしないエリーアスの代わりに、フォルカが室内を見回す。
 昨日の午後からずっと部屋に閉じこもっていたエリーアスは、今朝出仕しなかった。彼の隣の部屋の伝師によると、消灯時間をずいぶん過ぎてからエリーアスの部屋で激しい物音がしていたという。それで、朝の礼拝が始まる前に師父であるパウルがわざわざ様子を見に来たわけだ。
 その騒音の一部は、机の上にあったランプとインク壺が床に払い落とされ割れた音のようだった。もちろんインクは床の広範囲に撒き散らされている。エリーアスが僧侶のくせに信心深くないことは知っていたが、聖典までも床の上に投げつけられているのを見つけてフォルカはさすがに背筋が冷えた。パウルが見つける前に、そっと拾って机の上に戻しておく。
 ほかにも、大して中身のなかった書棚のものがすべて床の上に所在を移して壊れていたり破れていたりしているし、椅子が三つばかりに分裂してもう座れなくなっているし、枕が床の上で中の綿をはみ出させている。

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